短編「猫」
- 2017/02/20
- 22:07
遅くなってしまいましたが、2月最初の更新になります。
こちらは短編で、多分なぜか宮沢賢治の作品の世界観を思いながら書いたものです。
舞台は岩手、あるいはイーハトーヴと思えば情緒的な世界観となるからあら不思議。
宜しければどうぞ。
こちらは短編で、多分なぜか宮沢賢治の作品の世界観を思いながら書いたものです。
舞台は岩手、あるいはイーハトーヴと思えば情緒的な世界観となるからあら不思議。
宜しければどうぞ。
「猫」
学生時代の記憶。
我が家で納戸と呼んでいた狭い部屋があった。ほんの4畳程度の広さで窓の位置がやけに高いから太陽の日もほとんど差し込まず昼間でも薄暗くて収納に使っていた。そこは放課後に帰宅してから父が帰るまでのほんの短い時間だけ納戸は母と僕の行為の場だった。
ありていな言い方だけど、肉体で繋がるのみの行為に近かったからそうとしか言いようのない。
薄暗くて湿っぽくて、埃っぽい空気は不思議と季節を問わずに肌寒かった。
行為を終えた後も互いの体温を分け合うように肌を寄せていると、時折隣の部屋から我が家で飼っていた猫が覗いている事もあった。
母は猫が好きで、そんな時でも舌でちっちっと猫に合図を送っていたが、一度も猫が部屋に入ってくることはなかった。
ふいっと出て行った猫を見送った後、「あ~あ」と小さく肩をすくめる母の声が今も耳に残っている。
壁掛け時計が無かったから、いつも頃合いを見計らって母から着替えて先に出て行っていた。
猫も母も見えなくなった納戸で高く細い窓から小さな夕焼けをぼうっと見ていた。
それからしばらくして母の呼ぶ声に誘われて父と三人で夕飯を食べていた。その時にもちろん母も僕もすっかりさっきまでの行為などまるでなかったような顔をしていた。
そのテーブルの下では全て見ていた猫が音を立てて一緒に晩御飯を食べていたけれど、やっぱり何も素知らぬ顔をしていた。
それから何年かして猫が死んでしまった頃と前後するように母と納戸の時間を過ごすことは無くなっていった。
女としての顔を封印してただの母親に戻っていった。
やがて何事もなかったかのように結婚した僕を祝い、子育ても手伝ってくれるようになった。
そしてそれから時間がもう少し流れると、いつかの猫のように父も母もいなくなってしまった。
最後に母と別れた日もいつかと同じように姿を見せた野良猫にちっちと声をかけていた。
年齢を重ねた母の背中は小さくなったが、幼いころからずっとあの時納戸で一緒に過ごしていた時も大人になった今も変わらずに母は母のままだった。
完
スポンサーサイト

学生時代の記憶。
我が家で納戸と呼んでいた狭い部屋があった。ほんの4畳程度の広さで窓の位置がやけに高いから太陽の日もほとんど差し込まず昼間でも薄暗くて収納に使っていた。そこは放課後に帰宅してから父が帰るまでのほんの短い時間だけ納戸は母と僕の行為の場だった。
ありていな言い方だけど、肉体で繋がるのみの行為に近かったからそうとしか言いようのない。
薄暗くて湿っぽくて、埃っぽい空気は不思議と季節を問わずに肌寒かった。
行為を終えた後も互いの体温を分け合うように肌を寄せていると、時折隣の部屋から我が家で飼っていた猫が覗いている事もあった。
母は猫が好きで、そんな時でも舌でちっちっと猫に合図を送っていたが、一度も猫が部屋に入ってくることはなかった。
ふいっと出て行った猫を見送った後、「あ~あ」と小さく肩をすくめる母の声が今も耳に残っている。
壁掛け時計が無かったから、いつも頃合いを見計らって母から着替えて先に出て行っていた。
猫も母も見えなくなった納戸で高く細い窓から小さな夕焼けをぼうっと見ていた。
それからしばらくして母の呼ぶ声に誘われて父と三人で夕飯を食べていた。その時にもちろん母も僕もすっかりさっきまでの行為などまるでなかったような顔をしていた。
そのテーブルの下では全て見ていた猫が音を立てて一緒に晩御飯を食べていたけれど、やっぱり何も素知らぬ顔をしていた。
それから何年かして猫が死んでしまった頃と前後するように母と納戸の時間を過ごすことは無くなっていった。
女としての顔を封印してただの母親に戻っていった。
やがて何事もなかったかのように結婚した僕を祝い、子育ても手伝ってくれるようになった。
そしてそれから時間がもう少し流れると、いつかの猫のように父も母もいなくなってしまった。
最後に母と別れた日もいつかと同じように姿を見せた野良猫にちっちと声をかけていた。
年齢を重ねた母の背中は小さくなったが、幼いころからずっとあの時納戸で一緒に過ごしていた時も大人になった今も変わらずに母は母のままだった。
完
- 関連記事

[PR]
