長編「母と娘」
- 2017/08/25
- 19:00

久しぶりに長編オリジナル小説になります。
ただし、書いたのはもう7年ほど前の事で、過去使用していたファイルの中に未使用の書きかけのものが大量に見つかり、この度公開しようと思います。
…多分、一応検索したけれどこれ未使用ですよね…記憶が曖昧ですが。
女性の一人称は使っていませんが、珍しく母親寄りの心境を主題にした母子相姦モノになります。
多分この当時流行っていた毒親育ちの娘、というテーマで書きたかったんだろうと思います。
今読むと何だかやけに長かったりするのが気になります。
官能要素を強めたかったんだろうという事と、多分小説版の「魔の刻」の影響を強く受けていますね。
あ、後、今回の画像はアザミという花です。
花言葉は「復讐」「独立」「触れないで」等ですね。
では宜しければどうぞ。
あ、これ以降に書いているのは7年前の時点で書いたやけに長い前文になります。
本編はもう少し下にありますので、ご了承ください。
(以下、7年前に書いた前文。グダグダ長いのはエッセイを兼ねているんでしょうね)
異性である母親と息子と違って、同性である母親と娘の関係性というのはどちらかといえばさほど問題視されてこなかったように思います。
しかし、最近になってようやく母親との関係性に悩んでいる女性がクローズアップされてきたようです。
関連図書は書店に行けば幾つも平積みされているし、実際に現代の女性の鬱の発生には自身の母親との関係性が少なからず影響する人もいるのだといいます。
自分が出来なかった事、成し遂げられなかった事を同性である娘を自分のクローンのように捉え、自分の人生のやり直しをさせるように娘を追い立てる母。
娘は母親の願望や願い、そして押し付けの中で生きる事を余儀なくされ、逃げる事も受け流す事も出来ず、「支配」されてしまう。
たとえその母親が亡くなったとしても、いつまでもずっと昔母に言われた言葉に責められるように心を蝕まれ続けるという呪いじみた束縛が続いてしまうのですね。
今は躾と虐待の境目が昔よりもはっきりとなりましたが、それでも言葉の暴力が虐待として語られることは非常に少ないですね。
親なんだから口うるさいのは当たり前、という常識の元に繰り返される暴力がいつしか世代を超えて伝播してしまう、と。
何でそんな事を思うようになったかと言えば、私も以前は母親と息子に比べ、母親と娘と言うのは問題のある関係が少ないように感じていたからです。
また「毒親」なんて言葉が言われるようになったのもつい最近の事ですね。
ここにきて大人になっても母親の支配の目を心の天井から感じてしまう、また老齢となった母親に復讐のように虐待してしまう等、シリアルな問題が語られるようになりました。
1985年に男女雇用機会均等法が施行され、女性は男性よりもここ何十年間で人生観・仕事観が大きく変わっていきました。
それにより男性より女性同士の方が世代間の考え方には大きなかい離があり、多くの方が葛藤や摩擦を抱えながら生きているのではないかなぁと感じるわけです。
とはいえ、母親と娘も母親と息子と同じくそこにはただ憎しみだけでなく、愛憎半ばするというのが実情に近いわけで、それがより大きな葛藤を呼んでいる、と。
いわゆるアグリッピーナコンプレックスといわれる感情ですね。
今回はそういう女性が自身もまた一人の母親になった時を想定して書いてみました。
母子相姦物語ってアダルトでも一般でも、大抵「男女としての母と息子」ばかりが描かれ、その母親の人生や生き方、願望や考え方が投影されることはまずないですよね。
しかし、母親と息子と言えば当然母親の方が大抵20~30歳以上年上なわけで、それなりの年輪とか、葛藤とか、処世術のようなものも息子よりあるわけです。
そんな事をふと考えました。
「母と娘」
思い起こすと、英津子は自分が「ずっと不完全な存在」と思い込まされてきたと感じる。
それは英津子の母マリから宿命づけられた事のように幼い頃からずっと言われてきた事で、英津子は内心で反発したり諦めたりを繰り返しながらいつしか忘れかけてしまっていた事だった。
曰く
「そんなだから…」「あんたには言っても仕方ないけれど…」そんなため息交じりに母親の口から吐き出される言葉達がいつしか英津子に一体化でもしたかのように入り込んでいった。
稼ぎの良くない父への不満、自身の幼少時代の恵まれなかった過去、そんなどうしようもない話ばかりマリは娘である英津子に吐き出し続けていた。
英津子が大人になった今、思うのはおそらく母は自分にしか言う相手がいなかったのだろう。
そんなに不満なら自分が頑張って未来を切り開くような生き方をすれば良かったじゃない。
いつかそう言ってやりたいと思っていた言葉を、ついに英津子はマリにいう事が出来なかった。
澱んだ湿気に満ちた実家での英津子の暮らしは死刑囚の牢獄よりも、もっとひどく暗く不健康で、未来のないものだった。
それはおそらく、マリにとっても、そして英津子の父太一にとっても同じだったに違いない。
太一は英津子が高校生だった時に急死した。
職場で休憩時間になっても一人いつまでも戻ってこないため、同僚が現場に行ったところ倒れていたのだという。
太一が死んだ夜もマリは太一のダメなところ甲斐性のなかったところを英津子に繰り返し語り続けた。
酒が入るほどに口調が辛辣になっていったため、見かねた親戚が故人への言動を注意しようものなら激高したマリがお膳をひっくり返して怒鳴りつける事があった。
英津子はひどく心に疲れを感じながら、マリを自室に押し戻し、親戚連中に頭を下げる事になった。
心の中は暗鬱そのものだった。
その時居合わせた親戚はほとんどがそれから49日にも法事にも、そしてマリの葬儀にもついに顔を見せる事はなかった。
マリの一周忌に際して、英津子は一人息子の英治を連れていく事にした。
義母と折り合いの悪かった夫祐司は仕事を理由に車で駅まで二人を送っただけで、結局法事はほとんど英津子が取り仕切る事になり、英治は英津子にとって数少ないサポート役になった。
実家に向かう新幹線の車内で英津子は祐司をマリに初めて会わせた時の事を思い起こしていた。
実際の顔合わせ前に英津子は祐司にマリの口の悪さを事前に言い含めていたが、祐司の仕事内容や会社の大きさ、家柄、そんな事を口にしてどこか祐司を軽んじるような言動を続けるマリを結局英津子は止める事が出来なかった。
表向きは愛想よく対応してくれていた祐司にはほっとするとともに感謝していたが、それから妻の実家を避けるようになった。
マリから見て孫にあたる英治が産まれてからも、祐司はマリにはあまり会わせないようにしていた。
自分で招いた事なのにそんな義息子の祐司の態度にマリは何度も電話で英津子に毒づいていたが、強く反論することも出来ない英津子には何となく母と夫と両者に挟まれるような心境で、どうにもぐったりする思いだった。
息子の英治は今年に高校生になった。
ついこないだまでランドセルを背負っていた気がしたが、時がたつのは本当に早い。
朗らかで愛想の良い夫祐司とあまりモノを言わない父太一の気性を受け継いだ英津子と容姿はどちらにもあまり似なかったが、内面的には英治は英津子に似て人の顔色を敏感に察知するようになっていた。
物事がまずくなっていっても、適正な手を打てずにただ葛藤しながら立ち尽くすところまで似てしまったのは歯がゆいところだったけれど、自分もそうだったから英津子には何も言えなかった。
英治は祖母であるマリと会った記憶がほとんど無いに違いない。
父からの祖父母にあたる祐司の両親とは家が近所だったこともあり、何度も行き来したり、一緒に旅行に行ったりしたことを思えば、母方の祖母であるマリとは不自然なほど距離があった。
英津子が実家を出る時、実母から遠く離れるように新幹線でないと行けないような距離に移ったのも事実だったが、会う回数の少なさが距離の問題ばかりではない事に英治は薄々気づいていた。
英治が時に口にする「お婆ちゃん」が祐司の母親でなく英津子の母親マリを指している事に両親が気付いた時に流れる、どこか強張ったような空気で知ってしまったのだろう。
両親さえ避ける存在になってしまったマリが英治にはどこか哀れに思っていたが、誰にも言わなかった。
実家の玄関を開けると、英津子は鼻先に埃とかび臭いような匂いを感じた。
老婆となったマリが長く一人暮らしを続けていただけなので、どこかうらぶれた雰囲気が漂う。
何十年も経ったのに、家の匂いと言うのは変わらないのだという事が英津子は不思議だった。
マリが最後の晩年を過ごしたのは近所の病院だったし、亡くなってから実家は1年間も空けていたというのに意外に変化は無かった。
太一の葬儀の時にマリが諍いを起こした親戚は来なくなっていたが、それ以外の近所の縁者はやってくる。
法事のために英津子は馴染みの近所の仕出し屋に注文をし、寺に電話で日取りの再確認を取った。
その間、英治も英津子に言われたように仏間と仏壇の掃除を続けていた。
黙々と箒やぬれぞうきんを手に清掃を続ける英治の背中を見る内に、その素直さを英津子は好ましく思うと同時に自分のように従順すぎるきらいがある事を感じていた。
母親方の縁者達は英津子にはともかく、英治にとってはほとんど面識がない。
彼らは代わる代わる英治に声をかけては大人しい英津子によく似ている事を褒めそやした。
英津子もまた子供の頃から親戚が集まってくる場ではいつも「お人形のように澄ました顔でいる事」を褒められることがよくあった。
それは彼ら親戚連中がマリの気性の激しさに辟易していた裏返しである事を英津子は知っていたが、英治には言わなかった。
会食が終わり、最後の親戚が迎えの車に乗り込んで帰るのを見送った後、英津子は英治に声を掛けた。
「お疲れ様、ありがとうね」
夕焼けの中で英治は小さく微笑んだだけだったが、それは母親に改まってお礼を言われることが照れくさかったのだろう。
その夜は泊まって行って翌日、家の中を軽く清掃してから帰る事になっていた。
その内にこの実家も処分することになる予定だが、祐司も英津子もマリが住んでいたこの家から逃げるようにその話題を留保していたため、結局1年たった今も結論ははっきりしていない。
古い木造の日本家屋で、狭くはなかったけれどこの家での暗い暮らしを忘れる事が出来なかった英津子にはあまり心地よいとは言えなかった。
さっきまで親戚連中がにぎにぎした家の中に戻ると、元の薄暗い蛍光灯が照らしているだけだった。
仕出し弁当で夕飯を済ませた二人は何となく、縁側から外を眺めていた。
生け垣が遮って通りは見えにくくなっているが、懐かしい光景が広がっている。
遠くには背の高いビルが何本か飛び出していて、それは英津子が子供の頃は一つもなかったものだった。
そんな事を漫然と考えながら英津子は、一言も口を開かないまま遠くを眺めていた。
英治も少し所在無げに庭をブラブラ歩いている。
その内に英治が英津子に声をかけた。
英司が指さす先の庭の片隅に見慣れないプレハブ小屋があったが、英津子も思い出すことが出来なかった。
「あぁ、それは畑にあったものね」
そう言って英津子もつっかけを引きずりながら英治の隣に行った。
英津子が子供の頃は父太一が近所の畑の土地を借りていて、確かその畑に農具入れのため置いてあったものだ。
太一が亡くなってから畑にも分譲住宅が建つ話が持ち上がったため、捨てるか庭に戻すかという事になって結局マリが近所の親戚に頼んで庭の端に持ち込んだのだ。
重い音を立てて、扉を開くと英津子は懐かしい土の匂いを嗅いだような気がした。
思えばあの頃はまだマリもガミガミとはうるさくなかった。
錯覚だったかもしれないけれど、英津子が幼い頃は畑作業をする太一の元にマリと二人でお茶を持って行った事が何度かあるのを思い出した。
その小屋は物置にも使われていたらしく、昔畑にあった頃と違って、家の中のものが幾つも持ち込まれているのが分かった。
おそらくマリが家の中から移したのだろうか。
英津子は軽い好奇心から壁際に積んであった本を手に取ると、それは自身が学生だった頃の教科書である事が分かった。
手に取ってパラパラとめくり始めると、遠い昔の記憶が蘇ってきた。
小さな頃はどもりがちだったため、英津子は国語の朗読がとても苦痛だった。
だからせめて前日はよく一人で音読の練習をしていたものだった。
そんな英津子の様子をマリは微笑みながら眺めているのが常だった。
英津子が思い出せるマリの笑顔と言えばその時くらいのものだったけれど。
薄暗くなってきたため二人は家の中に戻って埃に汚れた手を洗う事にした。
居間に戻り、英治は座布団に腰を下ろすと古いテレビを付けて夜の番組を見始める。
偶然、昔に父太一が座っていた定位置と同じ位置だった。
英津子は遠い過去の光景と今の前に居る若い息子の顔を見比べながら何十年も経ってしまった事を実感していた。
幼い頃見ていた父太一と目の前の英治の横顔は似ていなかったけれど、目の奥の優しい光がどことなく面影がある事にその時、英津子は初めて知った。
気づけば、母親が自分をじっと見つめている事に気づいた英治は少し驚いた顔で見返してきた。
英津子は小さく微笑んだが、それが英治には何となくバツの悪い思いをさせたのだろう。
ちらと見ると、画面には若いアイドルが水着姿で何かお笑い芸人とゲームに興じていた。
そんなものを見入っているのを母親に気づかれたように思われたと思ったのかな、と英津子は思ったけれど、尋ねる事はしなかった。
それから英津子は家の処分の話を初めて英治に語った。
誰も住まなくなった以上、貸すか潰すか売るかしなければいけない。
万一不審火で火事にでもなって周辺に被害が出たら大変なことになるからね。
そんな事を話しながら、近いうちに祐司も一緒に来て遺品管理しないといけないと言った。
英治はふぅんと小さく返事をしてテレビの画面に目を戻した。
二人で店屋物のラーメンで夕飯を済ませてから、少し英津子の両親の遺品を片付ける事になった。
マリが死んだときに衣服や布団等日用品はある程度は処分を済ませていたが、細かなものはまだまだだった。
英津子が先に何十年ぶりかに母親が使っていた部屋に入り、部屋の壁に寄せたラックを取り出した。
そのラックはずっと昔、英津子が学生時代に買ったもので、英津子が実家を出た後にマリが自分で使い始めたのだろう。
引き出しを開けると、最初に目に入ったのはずっと昔の本や小物だった。
記憶の中でマリが本を読んでいたような覚えはなかったが、意外に本棚には当時のベストセラーがいつの間にか置かれている事があったからあれで読書家だったのだろうかと英津子は思った。
それから英津子が産まれた時のものと思われるヘソの尾や産毛を使って作ったらしい筆のような記念品が入った引き出しがあった。
何十年も前に買ったようなブラシや錆かけたハサミ等ガラクタのようなものしか入っていない引き出しもある。
英治も古い品々に興味が湧いたのか、英津子の肩越しにマリの遺品を眺めていた。
一番下の引き出しを開けた時に、二人の空気が一変した。
比較的新しい新聞紙に包まれたそれを音を立てながら開いていくそれはいわゆるバイブ、と言われるものだった。
一瞬何が出て来たのか意味が分からなかった英津子がその正体に気づくと、思わず小さく息を飲んだ。
一瞬遅れて覗き込んだ英治もまたそれが何なのか分かると固まってしまった。
無言で開いたときと同じように音を立ててガサガサと新聞紙に包んでしまうと、引き出しの奥にしまい込んだ。
英津子には、そんなものをマリが、あの母親が持っていたという事に驚いていた。
もういい年なのだから英津子も何も知らない訳ではなかったが、だからといって実の母親の持ち物にそんなものがあるとは全く思っていなかったから驚きが先に立ってしまっていた。
英治にとってもショックがかなり大きかったのだろう。
無言でモノを片付けた後で気まずい沈黙が訪れた。
「あれお婆ちゃんのかな?」
あまりの思わず口走ったような英治にそんな事を聞かれても英津子は困惑したが、そうじゃないのと素っ気ない素振りで答えると黙り込んでしまった。
自分で答えておきながらも、記憶の中のマリと性がどうしても結びつかず、英津子にとって何とも言えない感情だった。
二人ともやけに疲れて仏間まで戻ってくると、黒い縁取りの遺影の中で少し若い頃のマリが微笑んでいるのが目に入った。
写真で見る分には気性の荒々しさも、偏屈な部分も見受けられず、年齢の割には若く、どちらかと言えば綺麗な方だったようにも見える。
英治がマリの写真をじっと見ているため、英津子は複雑な気持ちになった。
祖母が母親である自分と似ているか考えているんだろう、と思う。
そして英治がさっき見たバイブレーターと遺影のマリを頭の中で結び付けようとしているのも何となく分かったが、何も言えなかった。
ほとんど面識のない事がかえって英治にとってはマリが生々しいまでに女を感じさせて見えるのかもしれない。
夜になって交代で風呂に入る事になった。
普段なら息子が先だがこの日は湯船の掃除をした英津子がそのまま先にお湯を張って入り、英治が後から入る事になった。
懐かしい実家の足も延ばせない小さな風呂に浸かっている間、英津子の頭の中では色々な事がグルグルとまわっていた。
長年考えないようにしていた母マリの事、自分が知らなかったマリの人生の事…。
思えば若くして夫を亡くし、その数年後に高校を卒業した英津子が実家を出てからマリはずっと一人暮らしだった。
考えてみればああいうものをマリが持っていたとしても、不思議でない。
あの頃のマリの年齢に近づいてきた英津子ならそれが何となく分かる。
もっともまさか娘や孫に知られることになるなんて考えもしなかったはずだから、仕方のない事なのかもしれないと思った。
時間を掛けて少し埃っぽい髪を洗い流した後、ぼんやりと白い風呂場の天井を眺めていた。
髪を拭きながら脱衣所を出て、息子に声をかけると英治は少し目を伏せて風呂場に入っていった。
そんな様子に一瞬英津子は訝しがったが、呼び止める事もなくそのまますれ違った。
英治が風呂に入るのを見送った後、英津子は一人でマリが使っていた部屋に戻る。
改めてマリの遺品を自分の目で確かめたいと思った。
何故そんな風に思ったのかは分からない。
マリが使っていた曇った三面鏡の引き出しや押入れに仕舞われたままの古い引き出物達を取り出す。
手に取ると、昭和40年代や50年代のものまで残っている。
それらを一つ一つ取り出して、大まかに分類していると、英津子はさっき見たラックの一番下の引き出しが少し開いている事に気づいた。
さっき見た時にはたしか小さな音がするほど引き出しを閉じたはずなのに…そう思いながら閉めようと小さな取っ手に指を掛けると、英津子ははっと気づいてしまった。
おそらくこれは自分が風呂に入っている間に英治が開けたのだ。
何故か直感的にさっき見せたどこか陰のある横顔がこの引き出しの覗き見と繋がっている事が分かってしまった。
それが彼の後ろ暗い行為を示しているように思えた。
小さく引いて中を取り出すと、さっきとは違って少し雑然と新聞紙に包まれていた。
少し丁寧に巻きなおすと、中身が目に入らないように引き出しに仕舞った。
そこまでやり切った英津子は眉間に指を置くと、目を閉じて小さく息を吐き出した。
息子のそうした事への好奇心がついやってしまった事は仕方のない事だと思おうと英津子は考えた。
思春期とはそうしたものだと英津子は過去の経験から分かっていたし、まして奥手な英治ならばなおさらのことだと思った。
それよりも自分が知らなかったマリの寂しさ、知ろうともしなかった事がただ英津子の心を重くした。
夫も娘も親せきも、周りの人間を自らの行いで遠ざけていったのはマリ自身だったから、同情しないといけない理由などないと思っていた。
その理由に逃げ込んで、母親から逃げ続けて生きてきた事を英津子はその時悟った。
理解出来ない、したくもないモンスターの抱えていた悲しみを突き付けられた時、英津子はマリがかつて語った恵まれなかった少女時代の事をふと思い出した。
遠くから電車の音が聞こえてきた。
その辺では終電が早く、おそらくこれは回送列車なのだろう。
遠慮がちに地響きを立てて通り過ぎていく列車にかつて飛び乗った日の事を英津子は考えていた。
高校を卒業してまだ1月も経っていない寒い春の日の事。
思えば、あの日もマリは見送りにも来なかった。
来なかった理由など考えようとしなかった。
来たら来たで嫌だったろうに、来ない事がただどうしようもなく腹が立って、せいせいする思いだった。
布団に入ってからも英津子は色々な事を考え続けていた。
マリの事、太一の事、遠い過去の事、昔どんな事を感じながら毎日暮らしていたのかという事…隣で寝ている英治は何か深く考え込んでいる様子の母親に何となく話しかけにくい様子だった。
英津子は英治に自分が知らない間にマリのバイブを見に行った事を咎めるような事は言わなかった。
子供の頃から面倒や厄介になりそうなら何も口にしないように生きてきた英津子はこの日もそうした。
英津子はずっと昔から自分でも感じていた固い殻をこの日も感じていた。
自分を守るためにいつしか作っていた殻が、何だか重く息苦しく、ひどく鬱陶しくも思えていた。
(ずっとそうしてきたからといって、これからもそうする必要はないのかもしれない。)
生まれて初めて英津子はそんな風に思えた。
以前テレビでやっていたドキュメンタリーの番組を思い出した。
長年自分を包んできた重く暗い過去の殻を破り、
今までと全く違う自分になって歩み始めようと思う時こそ、
新しい自分が産まれる日として、新しい誕生日となる。
熱のこもった声でナレーターがそんな事を言っていた。
隣の布団に横たわる若い息子は慣れない実家に眠れないのか天井を見上げている気配が伝わってくる。
自分よりもずっと若く、祖母の使っていたバイブなんかに興味を示してしまうほどに初心な息子。
何だか英津子には新しく生まれ変わろうとしている自分に似ているようで息子の成長を微笑ましく思えた。
もしも自分先に寝静まったらもしかすると、英治はそっと起き出してまた手に取りに行くのかもしれないと思った。
英津子にはまったく頭の中では結びつかなかったマリと性、そして英治と性の関係が自分を介して時空を超えて交わっていくようだった。
英津子はまだ自分でも気づいていなかったが、既に英治を意識し始めていた。
父に似た面影を残す瞳と、自分を気遣ってくれる夫譲りの優しさ、そして弾けるほどにその身に宿した若い性衝動の鮮烈さ。
殻を破って生きて行こうなんて言ったって、幾らなんだってそんなすぐに変えられるはずもないのに…。
しかしこの日の英津子のすぐ脇には普段なら別室で寝起きしている若い英治がいた。
血と名前の一字を分け与えたもっとも身近な若い男が寝ている。
静かで月も姿を見せない漆黒の闇夜だった。
大人しい自分が誰にも分からないように長年の殻を破るならこんな日なのか。
そんな事を考えながら横にいる息子に目をやると、薄暗い蛍光灯の灯りの中で英治と目が合った。
父太一に似たその瞳を目にした時、英津子は心の奥底で眠らせていた父への暗い性的な感情を想起し、心身の深くに眠らせていた若く熱い感覚が蘇り始めた。
思えば、マリは英津子の太一への想いに本能的に感じ取って女の本能で闘争心をむき出しにしていたのだろうか。
だとしたらもしかしたらマリの激しい気性を悪化させた元凶は自分だっただろうか。
英津子と英治が見つめ合ったのはほんの数十秒の事だった。
窺う様な目線を送るばかりで何も出来ずにいる英治はまるで昔の自分のように英津子は思った。
それが正しい事なのか、立場や今後を考えていては決して踏み出すことの出来ない何かが自分と息子の間には横たわっているように思えた。
英津子が腕を持ち上げて英治の前髪に触れると、戸惑ったように英治が見上げてきた。
そのまま指先で前髪の先をクルクルと弄んでから、英治の耳の付け根を優しく撫ではじめる。
迷いながらも英治はゆっくりと近づいてきた。
遠慮がちな英治の動きに英津子はもどかしささえ感じてしまうほどに、既に体は熱く火照っていた。
天からマリや太一が見ているかもしれない…そんな事を英津子は思ったが、それがかえって彼女の情欲を駆り立てるかのようだった。
英治は英津子の背後の空気が幽かに揺らいだような錯覚を覚えた。
まるで霊でも降りたかのように様相を変えた母は殻も身に着けていたモノも全て脱ぎ去っていった。
呆然としたように自分を見上げる英治を誘うように英津子は自ら片足を上げ、闇の深淵を晒す。
目にした闇から目の離せなくなった英治は引き込まれるように近づいて顔を寄せて行った。
薄らと光る様に輝く英津子の白い肉体の中にただ一つ広がる闇。
真意を確かめるように母の貌を見ようと暗い部屋で英治は目を凝らしたが、不思議な事に闇は仮面のように英津子の顔にも広がっていた。
息子は自らを産み落とした母の肉体を激しく求めていった。
英治の記憶の中に英津子の鬼気迫るほどに激しい情欲の炎は彼女にもコントロールできない代物だった。
夫の祐司ですら見せた事のない姿を息子に晒し、獣のような咆哮を上げ性には未熟な息子に悦びを覚える。
英津子の人生で最も大きな快楽が、下半身から杭を貫かれるように撃ち込まれる。
それが相手が息子である事によるものだという事を英津子は認識していた。
このまま死んでも構わない、狂い死んでしまいたい。
そんな刹那的な感情の昂ぶりに英津子はいっそこのまま英治に殺して欲しいとさえ願った。
英治にとってもこの日の英津子にはただ驚くばかりだった。
いつも俯いていた薄暗い印象の母が髪を振り乱し、自ら脚を開いては跨いできて腰を巧みに使い続ける。
母の額に玉になって浮かんだ汗が髪を伝って幾度も顔に落ちてくる。
堪えきれなくなって何度も失禁するように母の胎内に吐き出してしまったが、それすらも英津子を昂ぶらせるだけだった。
生まれて初めて奔放な性の悦びに身を委ね、英津子の成熟した肉体ははち切れそうな肉欲への渇望に狂っている。
英津子は結婚してからたった一度だけ不倫をしたことがあった。
相手は上京してから勤め始めた会社の上司だった男で、当時の英津子よりも十五も年上の中年男だった。
夫よりも年上で腹も出ており冴えない中年男の風体だったその男に、かつての太一に似た面影を見てしまった事によるものだった。
街で偶然出会った時に誘われるままにホテルに行き、シャワーさえ浴びずに衝動のまま英津子から抱き着いたのだ。
「お父さん。」
その男に貫かれている時、英津子は自ら心の中でそうつぶやいてしまった時、今まで自分でした時では覚えた事のない絶頂に達してしまったのだ。
それからその男は転勤となったが、英津子は連絡先を聞こうともしなかった。
あの時とは比較にならない快楽の大きさに英津子は狂い続けていた。
「お母さん…」
震える英治の声を耳にした時、英津子の体中が狂喜と悔いが心の中で大爆発を起こす。
意識が飛びそうなほど、頭が真っ白になっていた。
英治も終わりが近づいてきているのだろう。
全て残さずに中に来てほしいと英津子は本気でそう思った。
英治の下半身に宿る熱は未だ醒めてはいなかった。
英治の動きが加速してくるのを感じながら、英津子は貪るように英治と唇を重ねてつづけた。
自分の体の一番の芯に熱い芯が撃ち込まれ、巨大なビルが崩壊する錯覚を感じながら英津子は崩れ落ちるように英治の胸の上に落ちて行った。
最初に目に入ってきたのは懐かしい木目の天井だった。
自らが激しい情事のあまり意識を失ってしまったと分かったのは、すぐ隣にはまだ息苦しそうな英治が寝ていたからだ。
鼻先にツンとしたアンモニアの香りを感じるのは自分か息子か、あるいはどちらもが失禁してしまったからだろうか。
一度意識を失った英津子と違い、英治はまだ荒い息を整えているが自分を見る目はまだ戸惑い混じりに近かった。
さっきの母親との鬼気迫る行為が彼に恐れのような感情を芽生えさせてしまったのかもしれない。
正気を失ったわけでないと伝えるように英津子は英治の頬に手を伸ばして優しく撫でる。
最初は訝しげな様子だった英治もやがて少し落ち着いた様子を見せた。
自らの肉欲に抗えず誘う様な形で息子を巻き込んでしまった事は申し訳なかった。
けれど、英津子も英治もずっとそうしてきたように何も語らずに見つめ合い、やがて唇を重ねた。
肉欲の熱いマグマが融け、冷静さを取り戻しかけていた英津子にとってそれは体験した事のない腐臭に満ちた口づけだった。
既に背丈こそ父親の祐司と同じくらいになっていた息子だったが、思っていたよりも顔に夫祐司の面影を感じる事は無かった。
唇を重ねながら互いの手が体を弄りあう。
さっき夢中で繋がりあったときに本能で結ばれた時と違い、英津子は自ら手を引いて英治に自分が好きな愛撫のされ方を教えて行った。
息子の頭を抱いて乳首を吸わせ、もう片方に手を伸ばさせる。
「ちょっと咬んで…」
小さく囁かれると、英治は求められるままに歯を立てると、英津子は上半身を仰け反らせて喉を鳴らした。
男の本能からか、求められるよりも強く噛みしめると英津子は留めるように息子の髪を掴んだが、させるがままにしようと堪えはじめた。
幾度も噛みしめられる痛みを堪えながらも英津子は静かに嬉し涙を流し始めた。
あまりに激しい母の反応に勇気づけられるようにきりきりと噛みしめていた英治が舌先にほのかに鉄の味を感じた。
夢中になりすぎたがゆえについに出血させてしまったようだった。
さすがに我に返った英治ははっとして母を見上げたが、薄暗い部屋の闇の中で英津子の女体の熱さが渦巻くように部屋は湯気だちそうなほどだった。
かすかに震えている母の裸体に気づいた英治が強すぎる乳首への愛撫により母親が絶頂したとそこで分かった。
冷め始めていた英津子の母体が再び熱が籠り始める。
成熟した英津子の肉欲に押し流されたさっきと違い、英治は男としての矜持を持って英津子を責めはじめると英津子はいったん身を委ねだした。
そんな成長著しい息子に英津子は満足を覚えながらも、自ら両膝を曲げ男を受け入れようと女の姿勢を取ると、息子は母親の胎内に勃起を再びゆっくりと沈めて行った。
親子でする交わす情欲の情け深さは恐ろしいほどに熱く、漆黒の谷に落ちていくようだった。
英津子が亡き父の面影を息子に求めていたのは事実だったが、実際亡父の太一よりも英治はずっと若く、そしてそれゆえに信じがたいほどの熱量を持って英津子の子宮を熱し始めていた。
根元から先端まで砲身全体が赤く燃えたぎる息子のモノは地獄の業火をも胎内で噴き出しているかのようで英津子の胎内はドロドロと泥濘の海の水温が上がるにつれてマグマの様相を帯びていく。
真っ赤なマグマがボコボコと音をたてて泡立ちながら灼熱を吹き上がらせ、英津子と英治の人としての最後の理性の糸をジリジリと焦がしていくよう感覚を二人は覚えていた。
近親相姦とは単なるセックスでなく、魔的な儀式にも似た行為だった。
男にとって永遠の聖女たる母の最も神聖な泉に蟲毒を垂れ流し腐らせ、女にとって最も守らねばらなぬ最愛の息子自身をその子宮を持って腐食させ、共に堕罪する。
互いを思いやり、支え合う美しい元の親子の姿を二度と取り戻せなくなる不可逆の暗路を転げ落ちるように、二人は繋がりあっていた。
もしかしたら。
こんな未来を本能的に予期していたから、母マリはあんなにも自分に辛辣だったんだろうか?
もう誰にも分からないその答えを英津子は頭の片隅で少しだけ思った。
完
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- テーマ:18禁・官能小説
- ジャンル:アダルト
- カテゴリ:母子相姦小説 長編
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