「近親相姦研究所」を振り返る 母子相姦体験談1998年2月
- 2021/01/01
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かつて存在した伝説のサイト「近親相姦研究所」の過去ログより母子相姦体験談に絞ったまとめ記事。そこには膨大な過去ログがありますが、今回は1998年2月分となります。
この年の2月は長野オリンピックが開催されました。
当時中継を見ていたらスキーのジャンプで「船木ぃ~」と泣きそうな声を出す原田選手を覚えている方も見えるかと思います。というか今となってはそればかり思い出します。
また奥田民生が「さすらい」を出してます。好きだったんですよ、この歌。
郵便番号の七桁化もこの月から順次始まっていったんですね。
体験告白掲示板とフリートーク掲示板はまだ一本化していたため、今回も投稿者同士のやり取りが多く見られます。体験告白の本文と混ざっている状態もあるため、どこまでカットするか微妙なんですよね……迷いながら部分的に残している箇所もあります。
(以下1997年7月のまとめ記事と同文)
なお引用元は掲示板形式なので、同じ人が投稿した体験談を連続で読めない、という問題がありますが、これも当時の掲示板の雰囲気の再現と思って下さい(笑)
投稿者別に並べ替えようとも思ったのですがたとえば文章が2か月、3か月に跨っている場合、掲載が前後してしまうので止めました。
またあまりに短い文章、内容に乏しい文章、義母モノ、独断と偏見で一部体験談は省略しました。
それと懐かしいので、時々管理人のshotさんのコメントもランダムで残しています。
ところどころ※印をつけているのは私の注釈・感想です。邪魔に感じたら読み飛ばしてください。
なお、権利上問題になるようでしたら早急に対処しますので、著作権者様(SHOTさん)がご覧になってたらご連絡ください。よろしくお願いします
それでは……懐かしいひと時をどうぞ!
近親相姦掲示板 ☆告白・相談・願望・妄想☆ 1998年2月分ログ
浣腸 投稿者:亮 投稿日:02月01日(日)21時58分50秒
下半身を露にして、ベッドの縁に腰掛けた僕の股間に母は顔を埋め、そそり
立ったペニスを口いっぱいに咥え込み、フェラチオに没頭している。両頬を窄
め、根元から先までゆっくりと僕のペニスを堪能している。
「アァー、か、母さん。で、出ちゃう、出ちゃうよ。」
両手で母の頭を押さえ、口の中で何度も脈打ちザーメンを放出する。
口元から溢れ出たザーメンを指先で拭うと、それを口に含み最後の一滴まで味
わう。
「次はどうすればいいの?」
「じゃぁ、服を脱いで下着だけになって。」
セーターを脱ぎ、ワンピースの背中のファスナーを降ろし肩から抜くとスルッ
と床に落ちる。巨乳を寄せ上げ、締め付けている白い総レースの巨大なブラ
ジャー。下半身はストッキングもパンティーも穿いていない。いや、穿いてい
ないと言うより穿かせていない。息子の予測できない要求を困惑しながらも受
け入れ、これからあらゆる破廉恥な行為を受ける事を知っていながら、ストッ
キングを下ろし、パンティーを脱ぐ時の母の心境は...。
「もう、母さんにこんな恥ずかしい事ばかりさせて。」
胸元に腕を回し、広範囲に生い茂ったヘアを掌で隠し、恥ずかしそうにしてい
る姿がより一層、僕を昂ぶらさせる。母の体を抱き寄せ、ブラジャーをたくし
上げると、窮屈に締め付けられていた巨乳が飛び出し、乳首に吸い付くと
「アッ。」と、語尾の短い声が漏れ、背中が後ろに反り返る。あっという間に
硬くなった乳首を舐めて、吸って、噛んで、乳房全体を揉み上げる。股間に中
指を入れると、僕がしたい事を察知してか挿入し易いように、両足を開き腰を
落とす。
「ねぇ、亮君。もういいでしょ。アッ、お願い。ねっ、いいでしょ、もう我慢
できない。」と、息も絶え絶えの声でペニスの挿入を求めてくる。
ベッドの上に仰向けになった僕のペニスの上に両膝を立てて和式トイレにし
ゃがむような格好で跨ると、根元に指を添え入口に当てがい一気に腰を沈める。
「アッ、アアーーーン。」鼻から抜ける甘ったるい声、卑猥さこの上ない格好
で腰を上下、前後、左右に縦横無尽に振り続ける。我を忘れ、快感に浸ってい
る母の顔を下から眺めながら、枕元に隠していたあるものを取りだす。
「ねぇ、母さん。そのままの格好でコレしてよ。」と、イチジク浣腸を見せと、
動きが止まり母の顔が一変する。
「えぇー...。いや、いやよ。そんな事...。いやぁー。」
「じゃぁ、止めるよ。」
「...。」
「お願い、して。ねっ、いいでしょ。」
「じゃぁ、1、1回だけよ...。」
観念したのか浣腸を手に取ると、ペニスを咥え込んでいるお尻に両手を回し、
恐る恐る注入を始める。空になった浣腸を受け取り、全て注入した事を確認す
ると、今度は僕が下から突き上げる。
再び母の体に火が付き、今にも泣き出しそうな歪んだ顔で乱れ始める。
「母さん、早くイカないと漏れちゃうよ。」
腰の動きが激しさを増し、言葉にならない喘ぎ声が途切れる事無く口から溢れ、
お腹がグルグルと音を立てる。絶叫に近い喘ぎ声と共に絶頂を迎えると、僕の
体の上に倒れ込む。両腕で抱きしめ、身動き出来ないようにすると、我慢が限
界に達したのか、
「お、お願い。トイレにいかせて。で、出ちゃう。お願い、意地悪しないで。」
と懇願する。
お腹の音が激しくなり、ブルブルと震え出す。両腕を離すと、全裸のまま部屋
を飛び出しトイレに駆け込む。
全てを排出し戻ってきた母は、先程までの乱れ様とは打って変わり、浣腸を
したままはしたなくよがり狂った
自分の姿を見られたくないのか、そそくさとベッドの中に潜り込む。
「どうだった?浣腸したままするのは?」
「...。」
「感じた?感じたんでしょう?母さん、凄かったよ。」
「もう...、聞かないで...。」
恥ずかしさこの上ない事をされ動揺しているのか、母は僕の隣で背を向けたま
ま黙っている。首筋にキスをしながらお尻を撫で回し、乳房をわしづかみにし
て揉み始めると、向きを替え僕の首に腕を回し、唇を押し当て舌をねじ込んで
くる。
今度は何しようかな...。
RE/母思いさんへ 投稿者:母が好き。。 投稿日:02月02日(月)02時52分32秒
いつもロムっているばかりでしたが”母思いさん”とまったくではないんですが、似た経験をしているので僕も投稿しようと思いました。
僕もパンストに異常に興味を持っていました。でも僕の場合はきっかけが母本人なんです。母はいろんなパンストや、パンティを持っています。
僕が16歳の時に学校から帰って来ると、母が玄関まで出てきたんです。
そのとき母のはいていたパンストは網目の黒いいろのやつをはいていました。
僕はそれまで母にはあまり感心はなかったんですが、それがきっかけで母のことが気になりはじめました。私は毎日母の足ばかり見ていましたが、ある日母がそのことに気ずいてしまったんです。ある日の夜父が遅い日だったと思いますが母と御飯を食べてる時に母が「最近、お母さんの足ばかり見ているでしょう?」と言って来ました。僕は無視して御飯を食べていました。母は「どうして?」とまた聞きました。僕はまた無視していました。すると母は「最近エッチな本を見ているみたいだし」と言いました。僕はそのときなぜかものすごく頭にきて、「うるさい!」と言って自分の部屋に行きました。その本と言うのは
近親相姦の本ですが、それを母が勝手に見たということに怒りと恥ずかしさと混ざってしまったんです。しばらくして母が部屋に入ってきて「勝手に見てごめんなさい、でもいけないことなのよ、どうしてそうなっちゃったの?」と聞いてきました。僕は無視していましたが母が「怒らないから、教えて?」と聞いてきたので僕は全部話しました。すると母は「そう。。わかったわ」と言って部屋を出ました。
僕は母を傷つけたと思いがっくりしていましたが、しばらくして母が部屋に戻ってきて「こっち見て。」と言って僕は振り返ると母はあのときの黒の網目のパンストをはいていました。僕はびっくりしました。
そして母はベットに座って「もっと近くにきて見てもいいわよ」といい僕は母の横に座って見ていました。僕は母のスカートをめくっていきました。母は少し足を広げていたので奥の方までみるとノーパンだったんです。僕は完全に切れてしまって母をそのままベットに押し倒してそのまま母とセックスしました。母はその時ダメ!とかイヤ!とか言ってたと思いますが、いまいち良く覚えていません。そして思いっきり母の中で射精しました。
終わってから僕は我に帰って「ごめんなさい!」と誤っていました。母は「すっきりした?」と言いしばらくして「今度からは中で出しちゃだめよ」と言って部屋を出ていきました。僕はその言葉の意味が分るのにしばらく時間がかかりました。そして今では父より僕の方が沢山母とセックスしています。
嘘か本当かはみなさんの判断に任せます。
※ 掲示板に書き込まず、読むだけの人をROM専(ロム専)などと呼んでいました。今も使う単語なんでしょうか……まったく見なくなりましたが。
犯りますか!! 投稿者:ヒロ 投稿日:02月07日(土)00時29分33秒
母姦男爵さん、レスありがとうございます。どのようにすればよいのか迷っていましたが、
やはり僕も恥ずかしいところを見られたので母の恥ずかしいところを見てやろうと思いました。
翌朝は、やはり母の様子は変でした。
僕目が合うと視線を逸らしているように感じました。
僕は、母の排泄しているところを見てやろうと思いました
ラッキーなことに家のトイレは和式でしかも鍵はついていません。
母がトイレに入ったときにトイレのドアを開けてやることにしました。
母がトイレに入ったのを確認して数秒後ドアを開けると「えっ、ちょっとはいっている
のよ、閉めて」僕はおしっこだと思っていたけど母のお尻からは茶色の太いものが
でていました。「見てないで閉めて!」母は大声で叫びました。
僕はスカトロには興味はなかったのですが母のそんな姿を見ていたら、あっという間に
勃起してしまい、思考回路が狂ってしまったようでした。
「お母さん、僕が拭いてあげるよ。」トイレットペーパーを手に取り母の肛門を
拭いていました。「いや-、いやよ-」気がつくと母は床に手をついてお尻を
突き出すかっこうになっていました。
僕は母のお尻を拭き茶色になったトイレットペーパーと母のうんこを流しました
トイレの中は母の出したうんこのにおいが充満していました。
僕は無我夢中で母のお**こを舐め匂いを嗅いでいました。
「やめて!馬鹿」母は叫んでいたように思います。
ここまできたら、やめられない、僕はそう思い母のお**こを舐め続けました。
「いや-、いや-、やめて-」そんな母の声も聞かず僕は母の肛門の匂いを
嗅いでいました。うんこのにおいがしました。僕はたった今うんこを出した肛門を
舐めていました。
「やめて-そこはお父さんにも許していないのよ-。」
母の肛門はバージンのようでした。
僕は、とりあえず母を犯したい気持ちでいっぱいでしたのでお**こに挿入しました。
「いや-、な、なんで、何でこんなことに-」母は泣いていました。
僕は夢中で腰を動かし、母のお**こを犯していました。
限界が近くなり中だしはまずいと思い、お**こから抜いてお尻に擦り付けました。
オナニーでは得ることない快感で母のお尻に射精しました。
「何で?何でこんなこと・・・」母は泣いていました。
「お母さんが僕のオナニーを見てしまったからだよ。」
「だからって・・・。」母は泣いたままでした。
これから母とはどうなって・・・。
ヒロさん犯りましたね 投稿者:近親相姦は妙味 投稿日:02月08日(日)10時26分17秒
母親にオナニーを見られて、とうとうお母さんをトイレで犯したヒロさん、
犯りましたね。相手が身動きできずに恥ずかしい姿で犯ったあなたは頭がいい。
お母さんが「そこはお父さんにも許していないのよ」ととっさに出した言葉は
なかなか意味が深い。
つまりお母さんはアナルセックスのことを知っていて、少なからず関心が
あるということ。ということはヒロさんもお母さんのお尻のバージンをもらえる
可能性が高いと言うことだと思います。
生まれてきた時に前の穴から出てきてそして前の穴をいただき、
さらにアナルも陵辱できる子供は少ないはず。一度体を許した男に女は弱い。
それが実の息子ならば禁断の味なはずです。
是非、チャレンジしてみてください。
私の友人で母親にオナニーのフィニッシュを見られた上、顔まで飛ばした
(今で言う顔面発射?)奴がいました。そいつは笑われた腹いせに母親を犯し、
僕を含めた友達4人に輪姦させ、同時に性器とアナルと口と手でザーメンまみれ
にさせたこともあります。その後そいつの母親は僕たち4人のセックス処理の
マシーンとなって大学卒業までセックス奴隷になりました。
僕も含めて溜まれば犯れるのでとても重宝しました。この話は近親相姦には
あまり関係ありませんが・・・・
またご報告待っています。
母の年齢のことで 投稿者:マム 投稿日:02月09日(月)23時32分41秒
はじめまして。僕は今18才の高3です。
みなさんに相談したいことがあります。
僕は中1のとき突然、母を好きになってしまいました。母は僕が12才のときに再婚しました。
そのとき僕はものすごい嫉妬をして、それが原因で母を好きになったのだと僕は思います。
そして僕はバカなことをしてしまいました。どうしても自分の気持ちを伝えたくて思い切って母に告白してしまったのです。
結果は当然、その直後、母にものすごい勢いで頬をビンタされました。
それから約2年後、中3(15才)になった頃僕は母とHしました。
どうしてこうなったかというと、僕がビンタされても、どんなに叱られてもあきらめなかったので母は、もうどうしようもないと思ったんでしょう。ある意味、呆れてたのかもしれません。母も「あまりにもしつこかったからこうなったのよ」と、よく言って
ますので・・・。
そして母との関係は今でも続いています。
今は、卒業がちかいので、週に一度くらいしか登校日がありません。だから母と長い時間いることができます。
(姉が大学から早く帰ってくることが時々ありますが)
しかし母が最近いつも僕に言うことがあります。それは僕が大学を卒業する頃(今年入学)、つまり4年後になったとき、まだ自分を好きでいてくれるかということです。
なぜ4年後かというと、僕が大学を卒業する頃に母は40才になるからです。
僕はもちろん「年齢など関係ない」と言っているのですが、母はとても気にしているようです。
やっぱり気にしてしまうのでしょうか?
なんだかおかしな相談でどうもすいません。
よろしくお願いします。
それと姉は、父の前の奥さんとの子なので、僕とは血がつながっていません。でも一度も姉を女性として意識したことはないです。
真実は多くの言葉を必要としない 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月10日(火)01時12分54秒
この一ヶ月と二週間、髪の毛が抜けるほど悩んだ。
僕は決心し、一番付き合いのある従兄弟に悩みを相談した。
従兄弟のHは、少数よりも大勢の人に聞いてもらい、アドバイスや療養の言葉をもらったほうが、解決の
道は近くなるとさとされ、このHPを紹介してくれました。
僕は、この場を借りて、悩みである刹那の権現を皆さんに聞いていただき、意見をいただきたいとおもい
ます。
僕は、母と弟の三人で、アパートを二部屋借りて生活しています。
僕は25歳、母は45歳、弟は21歳になります。
悩みの発端は、去年の12月27日にあります。
僕は、不景気ななか職をかえ、新たな社会勉強をはじめました。
何もかもが初めてで、年末の仕事おさめは、2時間も早く仕事を終えることになっていました。
土曜日は、僕は仕事で、母と弟は休日でした。
僕は、早い帰宅で二人を驚かそうと、母と弟が住んでいる部屋に、音をたてずに入りました。
アパートなので、玄関からすぐにキッチンがあり、ガラス戸ごしに二人の部屋があります。
玄関のドアを開けると、女性の悶咽と、男の荒い息が聞こえてきました。
僕ははじめ、弟がアダルトビデオ見ている思い、「母がいるのに破廉恥な奴だ・・・」と内心思いましたが、
その思ったとはうらはらに、すりガラスに写るシルエットの不可解な動きと、リアルなサウンドに聞き覚えの
ある声を確信しました。
悶噎は母のものであり、荒い息はシルエットのからして、リーゼントをしている弟のものだったのです。
声をころして・・・どころではなく、失ってしまいました。
けど、僕はなぜか平然としていて、ガラス戸を少し開け、二人の行為を見ました。
弟が母の両足を少し抱え、覆い被さる形で互いの性器が結合していた。
結合部分は光沢を放ち、母が充分に感じていることがわかった。
弟は、必死に腰をふり、チンポをオマンコに出し入れしていた。
しばらくすると、弟の表情がしかめ面になり、チンポの出し入れも、オマンコにブチ刺すというような単発的な動きになった。
弟のチンポは、勃起すると20センチぐらいある。亀頭のえらはりも大きい。
そのチンポが、母のオマンコに根元まで刺し込まれているのである。母の、明後日を見る歓喜の表情は、子宮を嬲られていると理解できた。
口からは悶噎と唾液があふれ、オマンコからは汁が滴り、布団のシーツを汚していた。
行為にふける二人に会話はなく、弟の「母さん、母さん、母さん・・・」、母の「N君、N君、N君・・・」と互いを呼び合うだけでした。
しばらく続いた一連の動きは、母の「いっ、いぐっ・・・」と弟の「射るっ!」の一言で止まった。チンポは、オマンコに深く刺さったままで、母の奥深いところに弟の精液が吐き出されたのでした。二人は、体全体で息をするだけで、すぐに後始末をしようとしなかった。膣内射精が始まってから、数十秒の間、射精は続いていたようで、玉袋がヒクヒクと動いていた。射精が終わったのか、母が小さな悶噎を漏らした。「ふぐっ」
すると、オマンコからペニスが吐き出され、大量の精液が溢れでてきました。そして、精液の排出が止まると弟は再び、母のオマンコにチンポを刺し込んだのです。
再度の行為に入ろうとする二人に、僕は込み上げるものを感じ、静かに部屋を出て、自分の部屋に帰りました。
平然と、二人の行為--近親相姦--を見ていたにもかかわらず、何も考えようとせず、ベッドの上でただ、自分のチンポを扱く行為にふけました。
何回か射精して痛みを感じ、自分は痛い思いをしているのに、あの二人は快楽を味わっていると思うと、これからの現実を、どう生きていけばいいのか不安が生まれ、次第に膨らみ心を支配されそうになりました。頭の中は試行錯誤を繰り返すだけで、日は暮れてしまったのです。
少し長くなってしまったので、のちほど告白のつづきをします。
この内容について、意見がありましたら、遠慮なくいってください。
では、のちほど・・・・。
※ 寝取られから始まる初期の傑作と思います。
阿修羅王くん君もやればいい 投稿者:近親相姦は妙味 投稿日:02月10日(火)13時48分11秒
弟と母親の近親相姦を思いがけず見てしまったショックはすごいと思う。
でもその情事を思い出して一人痛くなるほど手淫にふけり、2人の快楽と比較した君は確かに2人に嫉妬を感じたといえる。
大好きな母親を愛情だけでなく肉体まで弟に奪われたのだから。
母親は君たち兄弟の共有物だ。君も母親とやるしかないんじゃないか。
君にも母親のあそこに精液をたっぷりと注ぎ込む権利はあると思う。
弟に負けないくらいの情熱で母親をとろとろにしてあげるべきだ。
きっと母親も心の底ではそれを望んでいる気がする。
真実は多くの言葉を・・・2 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月10日(火)23時44分41秒
さっそくのご意見ありがとうございます。ひとまず、告白の続きをします。
母と弟の情事をまのあたりにした翌日、僕は早朝からとあるイベントに参加するため29日の夕方まで、東京に行ってました。
知人と会い、楽しくすごしたのですが、頭からは二人の事がはなれず、今ごろ・・・いや、あれからずっと二人は、互いを貪りあっていると勝手な思い込みをしていました。
僕は、遠まわしに近親相姦のことを知人に、聞いてみました。
返ってきた言葉は一言、「所詮は意識も肉体も別固体だから、恋愛やら欲情やら、するのは当然。その相手が、それに価値(あたい)するかだけ。で、おびえるぐらいなら、止めたほうがいい。」とのこと・・・。
僕は、答えのかけらを見つけた気になりました。
家系・一族・家族、この血縁において、おびえが破局の始まりではないかと思いました。
知人と別れ、帰りの電車の中、何度も情事を思い出しながら、おびえに対しての抵抗を試みました。試行錯誤し、不安になりおびえる。何度もかなわない。地元の駅に着くころには、不安は不動の地にあったのです。
前日から、駅の駐車場に停めてあるバイクのエンジンに火を入れると、タンデムシートに座る者がいまた。母でした。
母は持参のヘルメットをかぶると、一言「海の公園につれてって」と言いました。
僕は、そのつもりはなく家に戻ろうと思ったけど、母と二人っきりになることに心傾けました。
タンデム中、母は僕にしがみつき、背中には当たり前のように、豊かな胸が押し当てられていました。
ドウキと息切れが始まり、とても苦しかったのを憶えています。
公園に着くと、母は僕の手を取り、海に接する堤防に連れて行かれました。そして、二人して堤防の上に並んで座りました。
母は、両手を頭上に伸ばして背伸びすると、一気に手を下ろしました。その反動で、母の豊乳は揺れました。
僕は瞬時に、あの時の情事を思い出しました。
弟に突かれ、肢体の隙間から覗かせた揺れる母の乳房・・・。それに反応して、僕のチンポはジーンズの前をこわばらせました。そして、心では母を抱きたいと思ったのです。
母からの誘い。近親相姦。できてる弟の知らないところで、母を犯す。
母を抱くのではなくて、弟の目の届かないところで、体を許してまで愛さしてくれている(自分にとっても)母親を犯してやろうと湧きだたせたのです。
そなんことも気づかずに、母は無防備に、体をあずけてきました。
その行為に僕は、直感的に悟られていると感じました。
僕の欲望は吐き出されることなく、薄れてまいました。不安と脅えが、横やりを入れたのです。
僕は、母を置いてこの場からにげようとした。それも悟っていたのか、立ち上がろうとすると、手を力任せに握ってきました。そして「こんな寒いところに、おいてく気?」と言ったのです。
完全に、悟られていました。心の片隅に、汚れたものがあるのに、偽善と自覚しているものが、襲わなくてよかったと主張していた。おびえている。
その日の夜、三人で白々しい会話をしながら食事をした。
顔は笑顔でも、頭の中は欲望だらけになっていた。
今、PCの動作が不安定なので、リセットのちつづけます。
真実は多くの・・・3-夢- 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月11日(水)01時48分00秒
PCの動作がふあんていになったので、やむおえず途中投稿しました。
真実は多くの言葉を・・・2のつづきです。
食事を済まし、早々自分の部屋に戻りました。
時間は20時・・・。しばらくすれば、母と弟の情事が始まる。
僕は、覗いてやろう・・・。そして今度は、現場を押さえ、二人を恥辱まみれの説教をしてやろうと考えていた。
時間調整のため、漫画を読んだ。内容はズバリ、母子相姦もの。
タイムリーネタだけに、のめり込んでしまった。
のめり込んでしまったために、そのまま寝てしまったことに気がつかなかった。
僕は、弟の目前で、母を抱いていた。
座ったまま壁にもたれ、勃起したチンポの上から、母を後ろ向きに座らせた。
チンポは、オマンコに埋もれていった。
僕と結合した母は、弟と向い合っている。その光景を、弟は凝視していた。
チンポがすべておさまると、母の足を広げ、結合したところを弟に見せ付けた。
僕は、両手で乳房を揉みしだく。それに答えるように、悶噎が漏れた。
僕は、母を突き上げながら、弟を見ていた。
チンポは腫れ上がり、手淫にふけっていた。
僕と母のまぐわいを見ながら、オナニーしているのである。
僕は、勝ったと思った。
目前の行為に手をださせず、手淫に浸らせたのである。
弟の目には、オマンコを出入りしているチンポが映り、頭の中では、膣壁をかきわけ子宮を犯す僕のチンポが映し出さ
れているに違いない。
僕は弟にかまわず、母を犯しつづけた。
そして、快楽に身を委ねる母に、大きな声で聞いた。
「今日は、危険日だろう?」「アッ、アッ・・・そっ、そうよ・・・」
「どうしてほしい?。」「K君の・・・K君のを、そそいでほしいの・・・。」
「はらんじゃうよ」「いいの・・・K君の子供・・・ほしいの・・・」
「僕のこと、どう思ってんの?」「すきっ・・・愛してる・・・」
「僕も、愛してるよ・・・T子」
愛してるがキーワードだったかのように、母は前かがみに手をつき、尻をふりだした。
僕の意志とは関係なく、母はチンポを貪った。
そして、「K・・・K・・・」と僕の名を叫びながら、イッテしまった。
僕も、母の名を叫びながら、母の中に射精した。
つながったままの母を再び抱きかかえ、真っ最中の弟に再度結合部分を見せつけた。
射精は続いており、力むたびに勢いよく飛び出た。
手淫の手は、速さを増した。
僕は、弟に認識させるために、母のくちから決定的なことを言わせた。
「T子、あいつに言ってやれ」「母さんはね、あなたをただの息子としかおもってないのよ」
「今まで抱かれたのは、K君のかわり・・・膣内射精も、K君のものと思って受け入れてたの・・・」
「K君だけの子供がほしくて、危険日をさけてた。お母さんは、あなたのダッチワイフじゃないわ・・・」
「K君だけのものよ・・・」
僕は、手淫続ける弟に言った。
「いいか、T子は僕の女だ。T子を抱けるのは、僕だけだ。息子で要られるのも、
今までの行為も、全てお情けだ」
「わかったか!?」
「ハア・・・ハア・・・ハイ・・・」
弟の口から、荒い息とともに返事が漏れた。
「最後のお情けだ。T子のオマンコから、精液が溢れ出るところを見せてやる」
僕はチンポを抜くと、母のオマンコを広げた。
すぐさま、僕の精液が溢れ出てきた。
それを見た弟は、手の動きを止め液を放った。
僕は、勝利の優越感に浸った。
母も、精液まみれになったオマンコを弄くりながら、余韻にふけっていた。
そして僕に、小声でささやいた。
「K君の子供・・・ほしいの・・・」
僕はベッドから、とび起きた。夢だった。夢を見ていた・・・。
自分の欲望が、夢になったと確信した。
時計を見ると、午前9時すぎていた。
昨夜の覗きは失敗した。しかし、夢を見たことで少し満たされた気がした。
夢の余韻にふけるため、記憶を辿っていった。
「K君の・・・K君のを、そそいでほしいの・・・。」
「はらんじゃうよ」「いいの・・・K君の子供・・・ほしいの・・・」までくると、
僕は背筋が凍る思いをした。
あの時弟は、膣内射精していたのだ。
膣内射精という言葉は、僕の脳裏に妊娠という言葉を焼き付けた。
また、長くなってしまいました。つづきはまた、のちほど告白します。
この内容について、意見がありましたら、遠慮なくいってください。
では、のちほど・・・・。
昔のこと 投稿者:キャスター 投稿日:02月11日(水)11時55分58秒
祖父は年のせいで寝たきりでした。
その為、身の回りの世話をいつも母がしていました。
ある日、祖父の部屋から変な声がするのでそっと覗いてみると
祖父が細々しい声で「お願いだ、陽子さん」と母の
足にしがみついていました。
母のスカートは太股までめくれていました。
母は抵抗しましたが激しく抵抗すると音が立ち家族に
気付かれると思っているのかかすれたような声で
「勘弁して下さい」と言いながら手を払いのけていました。
しかし、祖父の手は母のパンティーに掛かり母が
逃げようとしたとき膝まで降りてしまいました。
そして、そのまま下半身を裸にされ祖父の頭が
母の両足に割って入り舌があそこまで伸びて行きました。
母は観念したのか力が抜けたように仰向けに倒れ込み
声が出ないように指を咬み泣いているようでした。
時々、「あう・・・」と苦しそうな声をだし少し腰が
浮きました。
僕は、その日から母が祖父の部屋に行くたびに
覗きを繰り返しました。
母は毎晩のように祖父におもちゃにされ抵抗すれば
「息子をここへ呼ぶ」と言われ覗かれていることも
知らず僕の目の前で痴態をさらすのでした。
お母さんとのセックス 投稿者:カッシュ 投稿日:02月11日(水)22時19分03秒
すいません、この一ヶ月ぐらい、ずっとお母さんとのセックスのことばかり考えていたので、書くことを忘れていました。今回は、お母さんとのセックスのことを書きたいと思います。
お母さんはぼくに初体験させてくれてから、ときどきぼくとセックスしてくれるようになりました。お母さんんがセックスさせてくれるのはお父さんが出張で家に帰ってこないときだけです。それも、ぼくが「お母さんとセックスしたくてたまらないんだ」といわ
なければさせてくれません。お母さんは「○○君がとてもつらそうだから、お母さん、しかたなくしてあげているのよ。」といって母さんの方からセックスしようなんていいません。ぼくは毎日でもお母さんとセックスしたいのですがお母さんはさせてくれません。
それにお母さんがセックスさせてくれるのは夜だけで、ぼくが学校から帰ってきた夕方なんかにセックスしたいといってもさせてくれません。ぼくが、どうしても我慢できないというと、お父さんがお風呂に入っているときや、ビールを飲んでこたつで寝ているとき
に、ぼくの部屋で手でしてくれるだけです。
ぼくは「お母さん、お願いだから口でして」といっても、「わがままいわないの」といってしてくれません。お母さんはAV女優みたいにエッチにはしてくれないで、なんだかマッサージをするみたいにぼくのおちんちんをさわります。でも、お母さんの指は細くて、長くて、とてもきれいで、お母さんの指がぼくのおちんちんをこすっているのを見ているだけで射精してしまいそうになります。
お母さんはほとんどマニキュアとかしないので、してくれたらもっといいのにな、なんて思ったりします。最近、お母さんはおちんちんの棒だけじゃなくて、袋の方もさわってくれます。お母さんの少し冷たい手で袋をモミモミされるのはとても気持ちいいです。お母
さんはぼくのおちんちんをさわりながら「男の子ってほんと大変ね」といいます。お母さんに分かってもらえるなんて思っていなかったので、とてもうれしかったです。
お母さんが、ぼくのおちんちんをこすっている間、ぼくはお母さんの髪をなでたり、ほっぺたをさわったりします。お母さんは「こら、いたずらしないの」となんだか恥ずかしそうに笑いながらいいます。でも、「止めなさい」とはいわないので、ぼくはその間ずっ
と、お母さんの髪をなでたり、ほっぺたを触ったりします。一番好きなのはお母さんの耳の下や首のところで、とってもすべすべして気持ちがよくて、お母さんもなんだか優しい声で「止めなさい」というけれど、怒ったりしません。ずっとこのままでいたいけれど、
お母さんの手はとても気持ちよくてぼくは3分ぐらいで射精してしまいます。やっぱり本物のセックスと違って物足りないけど、お母さんにおちんちんをさわってもらって射精でさせてもらえる人なんか少ないのでぼくは幸せだと思います。
お父さんがいない日でもあまり変わりません。お母さんからセックスしようなんて絶対いいません。ぼくは一日中セックスのことで頭がいっぱいなのですが、お母さんはセックスのことには全然興味がないみたいです。ぼくは一日中お母さんとセックスしたり、一緒
の布団で寝たり、お母さんに甘えたりしたいのですが、お母さんは怒ってさせてくれません。先週のことですが、部活で遅くなり、6時ごろ家に帰ったらお母さんは台所で夕飯の準備をしていました。その日はお父さんはまだ家に帰っていなかったのでぼくは思わずお
母さんに後ろから抱きついてしまいました。この日はお母さんは機嫌が悪かったのか、ぼくを振りほどくと、「何するの!」といってビンタされました。
でも、お父さんのいない日は、夜10時ぐらいに「お母さん、したいよ」というと、「二階で待ってなさい」といいます。お母さんとセックスするのはいつもぼくの部屋で、他のところではしたことがありません。「お母さんの布団でしたいよ」とぼくがいっても、お母さんは「だめよ、何かあったら大変でしょ」といってさせてくれません。でも、ぼくはいつかお母さんの布団でセックスしたり、一緒に寝たりしたいと思います。
部屋に入ってくるとお母さんはベッドに座り、キスをしてくれます。お母さんはぼくの口の中に舌を入れてくるので、ぼくもお母さんの口の中に舌を入れます。ぼくがお母さんのおっぱいをトレーナーの上からさわっているとお母さんは自分でトレーナーの上を脱
ぎます。そして、お母さんは「○○君がはずして」といってぼくにブラジャーをはずさせてくれます。お母さんはいつも肌色のブラジャーしかしていません。ぼくは、初めてのときより上手にはずせるようになりましたが、お母さんの背中に手をまわすときにはお母
さんのいい匂いがして思わずおっぱいに顔をこすりつけたくなってしまいます。我慢してブラジャーをはずすと、ぼくは思いっきりお母さんのおっぱいを吸い付きます。お母さんのおっぱいは大きくありませんが、とても柔らかくてすべすべしていてずっとこうしてい
たいくらいです。ぼくがおっぱいに夢中になっている間、お母さんは片手でぼくの頭や背中をなでてくれて、もう片方の手でパジャマの上からおちんちんをさわってくれます。その間お母さんは目を閉じて上の方を向いて、ぼくがときどき乳首を吸ったりするとハアと
声を出したりします。
しばらくするとお母さんは「もういいでしょ。」といって、ぼくのパジャマの上をぬがせてくれます。そして、ぼくをパジャマのズボンとパンツをぬがせてくれると、お母さんは持ってきたコンドームをぼくに渡してつけさせます。お母さんは、お母さんがコンドームつけなくていいというとき以外は絶対にコンドームをつけさせます。最初は面倒だったし、コンドームをつけていると、お母さんの中に入ったとき、つけないときよりも少し物足りないし、お母さんの中に射精しないとお母さんと完全に一つになった気がしないので
出来るだけつけたくないです。でも、お母さんはつけないとダメというので、しかたなくつけます。最近はだいぶつけるのが上手になって、自分でうまくできるようになりました。最初のころはお母さんがつけてくれていたのですが、ぼくはそれだけでもう射精してしまいそうになりました。
コンドームをつけ終わると、お母さんも自分でトレーナーのズボンとパンティーぬぎます。そして、ぼくをベッドに寝かせて、ぼくの腰のところにひざをついて、肩のところに手を置いて上に乗ってきます。お母さんは右手でぼくのおちんちんをつかむと、先っちょ
をお母さんのあそこにこすりつけます。お母さんのあそこはもうヌルヌルしていて、とても熱くて気持ちいいです。お母さんは「○○君、入れるわよ。」といってゆっくりとお尻をおろしていきます。
ぼくの頭は枕の上に乗っているのでぼくのおちんちんがお母さんの中に入っていくのがとてもよく見えます。まだ、お母さんのあそこはさわらせてもらったことがないので、どんな風になっているのかよく分からないのですが、お母さんの毛が一杯生えたあそこの割れ
目のくちびるのような中へ入っていく様子はとってもエッチで、本当にお母さんの体の中に入っていくんだなという気がしました。
お母さんの中はとっても熱くて、ヌルヌルしていて、中で手が動いているみたいにぼくのおちんちんを包んでくれます。今までお母さんには、手でしてもらったり、口でしてもらったり、ふとももの間にはさんでしてもらったりしたけれど、やっぱりお母さんの中が
一番気持ちいいです。コンドームを着けているとちょっと物足りないけど、それでもお母さんの中が一番です。
お母さんは最初、ぼくの上に、馬にまたがるようなかっこうでお尻を動かしていますが、しばらくすると体を前に倒してきて、ぼくの背中に腕をまわして抱きしめてくれます。ぼくの顔はお母さんのおっぱいに押し付けられて、とっても気持ちいいです。ぼくはこん
な風にお母さんとセックスするのが一番好きです。お母さんがぼくの上に乗って、ぼくを抱きしめながら、お尻を動かしてくれているときなんかは、もう言葉ではいえないくらい幸せです。お母さんとぼくが一つになって、お母さんに包みこまれて、ぼくがお母さんの
中へ吸い込まれて入ってしまうような感覚です。
この間、お母さんとセックスしているとき気づいたのですが、ぼくの部屋の机には鏡が置いてあって、ちょうどベッドで寝ていると、セックスしているお母さんとぼくがはっきりと見えます。自分とお母さんがセックスしているところを外から見るのは初めてなの
で、とても興奮しました。ぼくよりもずっと背の高いお母さんが、ぼくの上にまたがって、AVの男の人みたいにすごい勢いでお尻を動かしているところを見ると、なんだかぼくがレイプされているみたいで、なんだかとても興奮してしまいました。
お母さんがお尻を動かし始めると1分もしないうちに射精しそうになります。お母さんの方はまだ、ぼくみたいに気持ち良くはなっていないみたいです。最近、ぼくもだんだん射精を長く我慢できるようになりました。お母さんもセックスしているうちにだんだん気
持ち良くなってきているみたいで、お尻を動かしているうちに、ハアハアとだんだん息が早くなってきて、ときどきアッといったりします。ぼくはもっとお母さんに気持ちよくなってもらいたいのですが、お母さんは「早く出しちゃいなさい。」といってものすごい勢
いでお尻を動かします。ぼくはもう我慢できなくて、「お母さん、出ちゃうよ!」といってお母さんの中に思いっきり射精します。ぼくが射精をするとお母さんの中も、ぼくのおちんちんをギュウギュウつかんでくれます。お母さんもぼくが射精するたび、ビクンビク
ンと体がふるえ、アッアッと声を出します。
ぼくの射精が終わり、おちんちんがしぼむとお母さんは、ぼくの上からおりて、コンドームをはずしてくれて、おちんちんをティッシュできれいにしてくれます。射精してからすぐにおちんちんをさわられると、たまらないくらいくすぐったいのですが、お母さんは
「じっとしてなさい」といってやめてくれません。ふき終わると、お母さんは、着ていたものと、ぼくの精子の入ったコンドームや、精子をふいたティッシュなどを持って、ぼくの部屋を「おやすみなさい」といって、出ていってしまいます。ぼくは、セックスの終
わった後もお母さんと一緒にいたいので、「お母さん、一緒に寝ようよ」といっても「もう子供じゃないでしょ」といって聞いてくれません。
もう、初体験のときからお母さんとは11回もセックスしましたが、まだお母さんが上に乗るセックスしかしたことがありません。AVみたいに、ぼくがお母さんの上に乗ったり、お母さんの後ろからするようなセックスもしたいのですが、お母さんは「まだダメ
よ」といってさせてくれません。それに、まだお母さんのあそこをさわったり、なめてみたりしたいと思っているのですがそれもさせてくれません。でも、やっぱりまだぼくがお母さんが気持ちよくなるまで射精を我慢できないのがいけないと思うので、がんばってお
母さんを気持ちよくさせてあげたいと思っています。
ご意見ありがとうございます。 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月11日(水)23時29分13秒
傍観者様、近親相姦は妙味様、ご意見ありがとうございます。
僕は正直に言って、母を愛しているかどうかわかりません。確かに、痛いおもいをしてまで手淫にふけった後、嫉妬しました。でも、その嫉妬も曖昧なものかもしれません。
母の、身も心も弟にとられたことは、兄弟間での唯一無二の共用者(物)ですらとられたのですから、ずっと求めていた愛情もたたれ、あきらめもありました。
僕は、子供のころから(小学生くらい)異性への興味があり、思い付くこともいろいろしてきました。
僕意識していたのは親戚の叔母で、射精はなかったけど、叔母を思っていじくっていました。
だから、僕にとっての女性は第一は叔母で、母はついでの位置でした。
家では、兄弟間のできごとは全て弟に優先され、叔母のところへ家出をしたこともあり、
僕にとっての母親とは、某アニメで言うところのゲン○ウと同じ存在です。
母への思いは薄れたものだったのは事実ですし、期待というか望みをもっていたのも事実だったので、自分を正当化できないし、悪く言えば自分からアピールすることのない臆病者そのものです。
必要以上に甘えるとか、力にものをいわすとか、アピールを考えましたが、結局は据膳で何もできないままで終わっていました。
臆病者の僕は、自分を正当化するため普通の兄・息子でいましたし、世間には愛想をまいていました。
事を荒立てずに、すまそうというこんたんです。
お二人様のおっしゃるとおり、母を犯してしまい、オスとメスの地位関係を作るのも一つの道ですね。
でも、愛情もほしいんです。母子間での愛情がほしいんです。
それが第一条件であり、体は女性への手がけなんです。
優柔不断で臆病者の僕は、そろそろ限界です。
年も25歳ですし、まっさらで生きるのも人生かなと考えることもあります。
悩んだあげくの答えは、いずれにしても出さなければなりません。
ハゲになった借りも返したいですし・・・。
ともかく、今日(11日)新たな展開があったので、過去よりも今を告白します。
ご意見ありがとうございました。
好機は誰にでも公平に微笑む 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月12日(木)01時35分30秒
今日11日は、三人共休日だった。
朝、7時に目を覚まし、朝食をとるために弟の部屋に行った。
用意はされていたが、母が僕を見るやいなや、微笑んだ。
そして、「今日はお休みだから、二人でお出かけましょう」と言った。
僕は、きつねにつままれた思いをした。すぐさま理由を聞いた。
「N君いないの・・・たまには、二人ででかけるのもいいでしょう?」
理由になっていない。再度聞こうとしたとき、母の目が赤くなっていたのに気がついた。
僕は、泣いたと思った。微笑んだのも、作り笑顔だとおもった。
弟や、母が泣いたことなんてうざったかったが、赤い目の理由だけは聞いてやった。
やっぱり泣いた。理由はこう・・・。早朝に弟から電話があり、月末まで家に帰らないとのことだった。
つまり、会社を休んで遊びほうけるということ。
僕は、昨夜から弟がいないことを、初めて知った。
弟は、昨年4月に入社したばかりで、有給とか特別待遇なんて、ありはしない。だから欠勤扱いになる。
母が泣くのは、父との一件いらいだが、以前も弟のことで何回か泣いたことがあった。
高校のダブり2回のときと、喧嘩ざたのときにである。
母からすれば、世話のかかる坊やであり、出来の悪い子ほどかわいいそのものが、弟だった。
僕は、また泣かされたかとため息をつき、一応慰めた。
「母さん、出来の悪い子ほどかわいいっていうだろ・・・ほかっときなって・・・」
いつもなら、泣いた後に僕にやつあたりするのだが、何もせず僕に微笑んでるだけだった。
僕は、かまわず食事にはしをつけた。ご飯と、おかずを交互に食べる。
母が、口をもごもごさせながら、僕の目を見ていることにきがついた。
僕は気持ち悪くなり、文句をいった。
「気持ち悪いな・・・見てんじゃないよ・・・」
すると母は、「ごめんなさい」といった。
この時なぜか、心がこもっていたと感じた。
そう感じたとき、初めてまのあたりにしたときや海の公園でのこと、かくれての今までの情事を思い出し、ハゲまで作って悩まされた借りを返そうと思い付いた。いや、子供のころの扱いもだ。
幸いに、弟はしばらく帰ってこない。とりあえずは、母だけでも借りを返してやろうと思った。
弟には、母への復讐しだいでは、力でねじふせてやることも考えた。
今まで、ひくつに媚びていた自分に情けなくなくなったが、借りを返すにはいましかないと思い、とにかく二つ返事で、今日一日、付き合ってやることにした。
夕方まで映画を見たあと、早い夕食をすませ、デパートでショッピングをした。
宝石売り場に来たとき、ふと思い付いた。
女は、光り物に弱い。心を傾けさせてやろうとおもった。そして、母に指輪を買ってやった。
ピンキリだったが、復讐するのにダイヤを買ってやる云われはない。
珍しく琥珀があったので、それを買ってやった。
母は、喜びありがとうといった。
気持ち悪かったが、たかが2万円の出費。味がついて面白くなった。
売り場を出て僕は、調子こいて母の手を握ってやった。母の手が優しく感じた。
感じたけど、この手が弟の欲望に応えていたと思うと、むかついてきた。
だが、今は平静を装い、期を熟すまで我慢した。
母は、手を強く握り返し、僕を引っ張るように歩き出した。
僕も、いっしょについて歩いた。
長くなってしまったので、日をあらためて告白のつづきをします。
この内容について、意見がありましたら、遠慮なくいってください。
便利でいいよね 投稿者:なお 投稿日:02月14日(土)03時41分20秒
近親相姦って、お互い都合よくていいですよね。なんというか、おたがい肉欲のためにセックスをするだけの関係って。恋愛感情から生まれた関係は時に非常に煩わしく思いますが、近親間のお肉な関係はお互いを一から確認していく作業を省くことができますし。
それに、やりたいときはすぐそばにお肉がいるのだから、時間もお金もかけないで、お互いピュッピュッてできるし。
僕も姉妹がいれば、楽だったのにな~。身近な人間で性欲を満たせることができる人が、羨ましいッス。
あと一ヶ月 投稿者:キタキツネ 投稿日:02月14日(土)10時10分21秒
タイムリミットが近づくにつれ、妻と息子の行為は激しくなってきた。
息子は朝起きると、キッチンで朝食の用意をしている妻を犯すのが、日課となっている。
愛撫もそこそこに流し台に手をつかせ、バックから犯すのだ。
たまに、息子が終わった後、私も同じようにすることがある。
一つだけ違うのは、私はオマンコにたっぷりと精子をそそぎ込むということだ。
妻も承知しているのか、家にいるときはほとんどノーパンノーブラでいるようになり、家のいたるところでセックスをするようになった。
この前など、横になってテレビを見ている妻の後ろから、息子が抱きつくようにチンポを挿入したかと思うと、そのままピストン運動せずに、ねちねちと乳首とクリトリスを愛撫し続け、ついに2時間ドラマを見切ってしまった。
このときばかりは妻も、最後には声を上げて絶頂に達していた。
それ以来、テレビの前は広くあけられるようになった。
※ このシリーズの最初から感じていたんですが、息子にとってこの父は邪魔以外の何物でもないんじゃないでしょうか。今さらですが。
母に弄ばれてるかも・・・ 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月15日(日)03時12分52秒
好機は誰にでも・・・の続きです。
それから、デパートだけでなく、アーケード街も歩きまわった。
何気なしに時計を見れば21時。僕がいかにこの--お出かけに--惑わされてしまっていたか、思い知った。
二人だけでという甘いものに、漬かってしまって自分を忘れていた甘さがありました。
それから僕は、母を陵辱するシナリオを簡単にまとめ、実行にうつした。
母に「もう帰ろう」って言って実質二人だけになりました。
部屋に戻って一息ついた後母は、「たのしかったね」とか「久しぶりにのびのびできたわ」とか、一人だけもりあがっていた。
シナリオ定番の酔わせるつもりで僕は、母の好きな日本酒をついでやり、塩もよういした。
母は、「あなたもつきあいなさい」といったので、しかたなく僕ものんだ。
何杯かのんでいると、母が甘えるような口調をはじめた。
「あなたは、何もしない子ね・・・。でもぉ、おちついててたよれるわぁ・・・」と言った。よく、心に無いことを
言えるものだとあきれたけど、この状態に乗じ、ためらいなく母を押し倒した。
それからはシナリオは勝手にそっていくので、思い付くまました。
母にまたがり顔をちかづけ、「母さんは、僕のことなんてわかっちゃいないよ。わかってたら、マヌケなテツなんてふまないよ。僕に、白昼どうどうセックスを見せてくれないからね・・・」と、言ってやった。
僕の言葉に、母の顔は恐い形相に変わった。
僕はひるむことなく言い続けた。「Nは、体を許してでもかわいいのか?」「あいつの、くさい汁をオマンコに入れてもかわいいのかよ!」と汚いく言ってやった。すると母は表情をかえ、泣き出した。
僕は脅しと思ったけど、本物だった。
泣きながら、弟とのことを言い訳し、終いには「抱いてよ。あの子がいなくてさびしいのよ。そばにいてくれるなら、だれだっていいわ・・・」といったので、僕は切れた。
母にしてみれば、善ぶるよりは悪ぶっても、そばにいて男の存在を意識させたほうがいいのだと思った。でも、それについては手後れ。
弟の方が、側に長くいたし、母は僕を遠ざけていた。「こんなの有りか!?。」と思ったから、僕はすすんで切れてやった。そして、望むどおり母を犯した。望だけあって、抵抗はなかった。
僕は、裸になるよう命令し、自分も裸になった。そして、弟の万年床に寝かせ、足を開かせました。
母は、すでにオマンコを濡らしていた。
黒ずんだビラを開き、恥豆も尿口も膣口も曝け出していた。
僕は前戯することを無視して、しなったままのチンポを挿入した。
勃起していないにも関わらず、母は悶噎を漏らし、両足を腰にからめてきた。感じてると思ったけど、芝居か本当かわからなかったので、とりあえず乳房からむさぼった。両房を揉みながら、乳首を交互にしゃぶり、噛んだり吸った
りしていると、どんどん乳首が延び、とてもかたくなっていった。
でも、母は悶噎を漏らすだけで、すすんですることはなかった。
「おい。自分だけ楽しんでんじゃねーよ。チンポをくれてやってるんだ。あいつみたいに、精液ほしかったら立たせろよ。」僕は、再切れして、汚い言葉を吐きつけてやった。すると、オマンコが締まりだし、なえながら入れたチンポを勃起させるほど、程よい締め付けをしてきた。自然とチンポを出し入れしてしまった。
こんなつもりじゃなかったのに、もっと嬲ってから、母が哀願してから出し入れしてやろうと思っていたのに、思いっきり腰を打ちつけてしまった。すぐさま出そうになり、チンポを抜こうとしたけど母は放してくれず。そのまま膣内射精してしまった。
一回目の射精で、勢いよく深いところに飛ばした。不本意だったけど、とても気持ちよかった。
のけぞっていた僕は、射精か止まると母の胸にうなだれた。クッションのようで気持ちよかった。復讐なのに、優越をあじわってしまった。
このまま優越にひたっているわけにはいかず、僕は状態を起こそうととすると、母は背中に手を回して、力いっぱい抱きしめてきた。
僕は、主導権を取られると思い、怒鳴った。「きやすくすんじゃねーよ!」
けど母は、少しもひるまず、キスを求めてきた。
「キスして・・・」
「離せよ!。あんたは、犯されてるんだぞ!!抵抗してみろよ」
僕が再び怒鳴ると、今度は、オマンコを締め付けてきた。そして、だんだんきつくなってきて、チンポがいたくなって僕はたまらず、暴れて抜こうとしたけど反対に締め付けられて、思わず、「ごめんなさい」と謝ってしまった。
すると、締め付けは緩み、母がゆっくりと尻を揺らし始めた。膣壁がチンポをさすってくれるみたいに動き、なえかけから再び再起動をはじめた。
母は、吐息交じりで言った。
「はあっ・・・Kくんのチンチン、右曲がりね。それも上にすごく反ってる・・・いつのまにか、立派になって・・・」
僕は、自分のチンポの形を指摘され、どきっとした。
家を出てから、誰にも見せたこと無いのに、母は入れただけでサバっと言うから恐い。
僕のチンポは、あまりいばれたものではなかった。長さは18センチぐらい、右利きのくせに右曲がりで、ひん曲がってるといってもいいぐらい上に反っている。そのためか亀頭は急角に下へ向いている。ちょっと、劣等感がある。
僕は、劣等を隠すため母の口を塞いだ。
軟らかかった。
自分の唇をつたってわかるぐらい,柔らかった。
母が、こんな柔らかい唇をしてたなんて・・・。
ずっとつけたままにしていると、母の舌先が僕の歯茎をなめてきた。変な気分だった。
負けずと僕も舌を出すと、今度は絡めてきた。
何だか、気持ちよくなってきた。僕は、オマンコよりも、母の口を貪りのめり込んだ。
舌を絡めたり、互いの歯茎を愛撫した。唾液を送り込んだり、母の唾液を飲んだりした。
なぜか、母が愛しく思えてきた。自分の中で、母を犯すから抱きたいに変わっていった。目的である陵辱することを忘れ、反対に母の抱擁に押されてしまった。
僕はキスを止めると、母に弟とのこと聞いた。
「Nとは、いつからなの?」
視線を逸らしながら応えてくれた。
「あの子の誕生日・・・」「誕生日って、いつの?」「去年よ・・・」
「それから、ずっと?。」「不規則よ。ガールフレンドいるでしょ。できなかった時にだと思う・・・」
僕は、続けて膣内射精のことを聞いた。
「何で、膣内射精を許してるの?妊娠しちゃうよ・・・」「危険日は、さけてたわ・・・」
「失敗したら・・・」「失敗したら、おろされるわね」
母は、淡々と応えてくれた。でも結果は、弟を受け入れていたことは変わりないから、僕には母がどう応えようと許
せない。
僕は、弟を愛しているかきこうと思った。思ったが、恐くて聞けない。喉まできているのに、本当に母を取られそうで恐い。母の想い次第だから・・・。
僕がくつごもっていると、母のほうから言った。
「私はただ、男をもとめただけ。あの子は、私に女を求めてるだけよ。あなたは、あの子に嫉妬してるから、こんなことしたのよね。私のこと憎い?。N君のこと憎い?」
僕は、陵辱の真意を聞かれたので、答えた。
「母さんは、いつだってあいつだけを可愛がってた。僕だって、母さんに甘えたかった。なのに、父さんやばあちゃんは、僕を親戚のところへ連れて行き、そこで生活させた。僕が、本当に家に戻ってこれたのは、15歳のときからじゃないか・・・。僕は、母さんが迎えにくるのをまってた。」
「でも、もうどーでもよかった。だって、叔母さんが、優しくしてくれたもん・・・それに叔父さんも・・・」
「僕の初恋は、叔母さんだよ。叔母さんをセックスの対象にして、ずっとオナニーしてた。」
「母さんなんか、よそのおばさんだよ。今まで、愛想よくしてたのは点前だけ・・・」
「憎くはないさ。僕の知らないところで、いつまでもあいつを甘やかしてる母さんが許せない!それに甘えるあいつは、もっと許せない!」
本音を言ってやった。でも、少しだけ嘘をついた。まだ、母を求めていたことを・・・。罪悪感にかられた。復讐してやろうとしてたのに。その最中なのに、臆病風に吹かれてしまった。無性にこの場から逃げたくなった。でも、母の手と足は、僕に絡まったままはなさない。
僕は、「あいつの代わりじゃない。あいつに関係なく、母さんを犯してるんだ」と言って、再び腰をふりはじめた。
母も応えるように、悶噎を漏らした。
「あっ、あっ、あっ・・・」
刹那気で悩まし気な母の声。
悶えるたびに、腰に力が入る。男を受け入れ、恥汁が溢れる。
僕の耳には、悶えとぶつかりあう肌の入ってくる。
母を犯しているのに、犯しているのに悲しくなってきた。報われていない自分に悲しくなった。体は、母を犯しているのに甘えたくなった。
僕は、本音とか点前とかどうでもよくなり、叫びながら腰をふった。
「母さん・・・母さん・・・母さん・・・」
母も応えるように、僕の名を叫んでいた。「K・・・K・・・K・・・」って・・・。
叩き付ける腰と、揺さぶる尻。かき分けるチンポと食いつくマンコ。
僕は、母のオマンコを、膣も子宮も僕の精液で汚し貪ることに集中し、先のことは何も考えなかった。
母の悦楽顔が左右にふられ、「いっ、いやっ・・・」と鳴いたとき、僕は精弾を放った。
吐き出される僕の欲望は、母の一番奥を目指して旅にでる。
胎内に、二回目の射精をした僕は、それからのことは何も憶えてなかった。
※ この微妙な心理描写と展開は特筆すべきものですね。。憎い、悔しい、惨めだけど甘えたい、自分だけの母であって欲しい。複雑な思いのたけがよく出ています。
ひさしぶりです。 投稿者:としのり 投稿日:02月15日(日)22時38分17秒
最後に書いてから もう2ヶ月以上たちますが、 ママとの関係
は 相変わらず続いています。 詳しい事が知りたい方は、 過去
のログ(11月)の「としのり」のところを読んでみてください。
2月4日のぼくの誕生日に ママとはじめてアナルセックスを
しました。 きっかけは ママが 誕生日プレゼントにアナルバイブ
を通信販売で ぼくに買ってくれた事です。 ぼくは最初、 それが
何なのか さっぱり分からなかったのですが、 ママは ぼくに
お尻を突き出すように言い、 その後それを いきなりぼくのアヌス
に挿入しました。 すごくびっくりしたし、 恥ずかしかったんですが
ママは バイブを色々な方向にゆっくり動かしながら、 ぼくの
ペニスもしごいてくれたので、 天にも昇るぐらい気持ちよくなり
3分ぐらいで射精してしまいました。 そしてママはぼくに
「ママのアヌスも気持ちよくさせて」 と言いました。 ぼくは
以前からママのアヌスを舐める事が大好きだったんですが
その日は思いきってママに 「ママ、 ぼくママのアヌスで出したい」
と言いました。 ママは 何も言わずに微笑んで、騎乗位で
アナルセックスをしてくれました。 凄くよかったです。 それ以来
3回アナルセックスをしました。 これからも ママと色々な事に
挑戦したいと思います。 妻とはまだ離婚してませんが、 週に
2日ぐらいしか家にいません。 ぼくとママとの関係にも 気付いて
いるとは思いますが、 ぼくは気にしません。 今日は これから
もう一度 ママと愛し合う予定です。 それでは。
結論が早くなるかもしれない 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月17日(火)00時56分26秒
僕はこの日、今までに無い不安にかられた日になった。
母と関係をもった日から、2日たったのだけど、母との関係はきまずくなっていた。
食事を作ってくれたり、洗濯をしてくれるものの、母からはなにもはなしてくれない。
僕から、積極的にはなしかけても、応えてはくれなかった。
服の上から、尻を触ったり胸を揉んだりしても、相手にしてくれなかった。
首筋をなめたり、スカートの中に手を入れ、パンティーの上からオマンコを触っても、反応してくれなかった。
これは、完全な無視だった。あんなに応えてくれたのに。
僕は、焦った。
あの夜、互いに淫行に溺れていた。冷静にいくつもりでも、結局はなってしまった。
今、冷静に考えられる時間がある。
考えれば考えるほど、不安と後悔が膨れるばかり。やっぱり僕は、臆病者である。
何を考えているかわからない母に、脅えている。
仕事の最中、母のことを考える。トイレのなかでも、通勤途中でも・・・。
食事中も、ベッドの中でも・・・。
いよいよもって、一人でいきるのか、弟が帰るまでこの状態にあまんじるのか、
逆に責め続けるのか、行きついた時点で答えを出さなければならないのはかわりなかった。
すこし、結論が早くなるかもしれない。
終わりのない女のセックス 投稿者:キタキツネ 投稿日:02月17日(火)08時31分38秒
妻が私のチンポをくわえ、舌で尿道口を突っついている。
その妻の尻を息子が舌で責めている。
息子がなめやすいように、妻は背中をそらせオマンコを突き出している。
もう、かれこれ20分は経っている。息子も頑張るものだ。
妻はいきそうになったのかチンポをくわえるのをやめ、私の手を乳房にもっていった。
妻はオマンコをなめられるだけではいけない女だ。
妻をいかせるにはクリトリスと、左右の乳首の三つを責める必要がある。
息子も妻がいきそうなのがわかったのか、手のひらをオマンコにあてがい、小刻みに動かしてクリトリスをこすり始めた。
私に指で乳首をいじられ、息子にクリトリスをこすられ、かすかにうめいて絶頂に達した。
妻はこの頃、”イク”ときに声を出すようになってきた。
ある日、そのことを妻に聞いてみると、
「なんだか、すごく感じるようになったみたいで、死ぬほど気持ちいいの。自然と声が出ちゃうのよ」
と、すっかり息子に性感を鍛えられたようだ。
息子は妻を仰向けに寝かせ、またオマンコに顔を埋めた。
クリトリスを包皮から露出させ、舌でもてあそんでいる。
私も乳房を揉むようにしては乳首をつまんだり、舌で転がした。
妻は私のチンポを握りしめ、また絶頂を迎えた。
女のセックスにはきりがない。
そのあとも、私と息子のチンポにつらぬかれ、快感をむさぼり
尽くすように絶頂を味わい、ようやく終わった。
二週間目、朝きがついた。 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月19日(木)22時03分18秒
母を犯した日から、一週間がたった。
今日からは、二週間目。相変わらず、母からかわされてしまう。
でも、一つだけ変わった事があった。
僕は、朝風呂派なので、出勤する前には、かならず入浴する。
夏場は、上りはなでからだを吹いて服を着るが、冬は浴室で吹いてから裸のまま、母のいる部屋に入る。
僕はこの部屋で、食事したり着替えたりしているので、この時はほとんど母といっしょです。
かわしてた母がかわったというのは、タオル一つで部屋に入ると、必ず化粧をする。
別にかわっているわけではないが、化粧台の三面鏡に、服をきている僕の姿が映っているのだ。
映っている僕を見ながら、化粧していた。目線の角度からいって、絶対に僕を見ている。
今までは、気がつかなかったから、前向きに着ていたけど、後ろを向いて着るようにした。
母を犯しておきながら、チンポを見られるのが恥ずかしいというのは矛盾しているが、
やっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしい。
そしてもう一つ、シャツとかくつしたや上着にズボンなんかは、ちゃんとたたんで用意してあるのに、
パンツだけほうかってあるという感じで、用意されている。パンツだけ?。
これが、何を意味しているか、よくわからない。
敵は外にもいた。 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月20日(金)00時30分57秒
今日、帰宅途中本屋によって、近親相姦の本を探してみた。
倦怠期みたいな母との間を改善したく、勉強しようと思ってのこと。
探したがなかった。そう簡単には、手に入らないものだとわかった。ちょっと甘かった。
他に買うものはなかったから、早々と帰った。
アパートにつくと、駐車場に見かけない軽トラが止まっていた。
はじめは、他の住人の客だろうと思ってたが、頭の中をよぎる連想ゲームは、軽トラ-男-年配-母の
知人、とつながった。そして、二人っきりという言葉になったとき、僕は慌てて弟の部屋に行った。
入り口のドアを開けると、キッチンで、母の手を握り言い寄る男がいた。
母は僕に、助けを求めた。男は取り繕うとするが後の祭り。
僕は、男に対して怒りが込み上げてきた。母を、見知らぬ男に、取られたくないと思った。
中年の小汚いジジィに、母を汚されたくないと思った。
男に叩き付ける言葉が、のどまで来たとき、男は、慌てて外へ飛び出した。
僕が、男を追うとすると、母がすがってきた。
「まって!まって・・・いっしょにいて・・・。恐いの、恐かったの・・・。」
母は、その場に座り込んでしまい、泣きそうになった。
僕は、男を捕まえて、半殺しにしてやろうと思った。思ったけど、すがる母が心配になった。
母に乱暴しようとしていた男を、ぶん殴ってやりたかったが、今は、男の行為に脅えている母を一人にはできず、一緒にいることにした。悔しいが、母のほうが大切だった。
外では、走り去る車の音がした。今度みつけたら、必ずぶん殴ってやる。
僕は、母を抱きしめ慰めた。「大丈夫。僕がいるから・・・。母さんに、乱暴させない。僕が、守ってあげる。」
母のほうからも、僕の背中に手を回してきた。そして「ありがとう。ありがとうね・・・」といった。
僕はこの時、ふるいたつものを感じた。
母を守ったという、充実した感覚を味わった。男として、女を守ったという充実感。
僕が、今まで味わった仕事や遊びでの充実感とは、比べ物にならないぐらいのものだった。何だか、僕も泣きたくなった。これが、男泣きだと思う。母を守ったという・・・。
僕は、母が落ち着くまで、ずっと抱いていた。男でも女でも、不安にかられたとき、抱かれると落ち着けるものだと聞いた事がある。たしか、誰かの受け売りだ。
抱き合う僕と母。子供のころ、母が抱いてくれる事はなかったのに、今は抱き合っている。
復讐抜きにして、こんなことは始めてだった。
さっきまで、母を怖がらせる事があったのに、なぜかうれしい。このうれしさに理屈なんて無い。
結果的にだが、母が弱い人間である事がわかった。もう、復讐なんて、どうでもいい。
僕の気持ちはあの時、全部吐き出したはず・・・。復讐のため、乱暴した僕を、僕に助けを求めた。
母は、僕を必要としている。弟が帰ってきたら、母の態度は変わるかもしれない。でも、母は今、僕を必要としている。そう思う。
勝手な思い込みだが、母が求める以上、僕は応えてあげたい。
母の、儚げな姿を見た僕には、充分すぎる勇気だと思う。
でも・・・でも、体は正直で、母の豊乳の感触に、勃起していた。
こんな時に、情けない。
母が落ち着きを取り戻し、食事の用意をしてくれたのは、22時をすぎていた。
食事中に会話はなかったが、母が時々上目遣いで僕を見ていた。
僕は鈍いから、これが何を意味するかはわからない。でも、母の仕種が、急に変わった事はわかった。
女はわからない。ましてや、母親も・・・。
僕は、「朝まで、一緒にいようか?」といったが、母はちょっと恥ずかし気に、首を横にふった。
ちょっと残念だが、今は母の気持ちに応えることにし、僕は早々と自分の部屋に戻った。
明日の朝はきっと、母が笑顔で「おはよう」と言って、迎えてくれると思う。
小さくガッツポーズ 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月21日(土)00時17分47秒
朝、母が「おはよう」って、迎えてくれた。
笑顔ではなかったが、母との関係はいい方向になったと思う。
母の、余裕の顔がそう感じさせる。
僕は、小さくガッツポーズをとった。朝から、何か調子がいい。
災い転じて福となすというか、なんというか、とにかくうれしい。
これを期に、母との関係をもっと進めたい。そして、母との時間を大切にしたい。
100%理想的じゃなくても 大切なのは心がけかも
ニアミス 投稿者:R 投稿日:02月21日(土)23時56分55秒
はじめて投稿します。ぼくの場合、母親との近親相姦をいつも思い描いています。
ぼくの母親は、自分でいうのも何ですが、美形です。体型もほとんど崩れておらず、セーターの上からでも、そのふっくらとした乳がわかります。ぼくは、小学4年のときにオナニーを覚えましたが、初のオナニーのおかずは、母親でした。
以来、オナニーのおかずのほとんどが、母親です。ただ、母親とは想像だけで、実際には、まだやったことはありません。というのも、うちの母親は特にしっかりした人間で、あまり性的に付け入る隙を与えないからです。もし、無理矢理おそっても必死に抵抗して上手くいかないと思います。ただ、こんな母親でも、もう5年以上前になりますが、一度だけですが、今から思えば、母親との近親相姦のチャンスがありました。そのころは、僕が大学生で東京で一人暮らしをしていたころですが、家庭内では祖母が倒れて入院生活を送っていました。母親は、勤め人だったので、その当時は、昼は仕事、夜は家事、合間を縫って病院での世話をしていたのだそうです。僕は東京でそんなことも知らずに、のんきに暮らしていたのですが、母親は相当、心労で参っていたようです。
母親が、「今度、仕事で東京に出ていくから、会える?」と、僕に電話で連絡したときも、「普段は仕事で東京にきても団体行動で忙しいから、あまり、会わないのに…」としか思いませんでした。
ところが、その日は、様子が変だったのです。まず、会う場所自体が母親の泊まっているホテルの下ということでした。そして、普通は仕事が終わるとすぐにその日のうちに、田舎に帰るはずの母親が、今回は、一泊よけいにホテルをとって、しかも、翌日の夕方に帰るとのことでした。僕は、電話で母親から呼び出されると、ホテルの下にあるレストランで一緒に二人で食事をしました。
そして、いつもはそんなことはないのですが、母親から積極的にビール、ワインなどのアルコールを頼んでいました。これまでは、母親と食事をするときも、普通のファミリーレストランで、アルコール無しばっかりでしたので、いつもと違う感じはしていました。会話自体も、「彼女はいるの?」という話が多かったと思います。食事が終わると、僕は、いつもならこれで別れるので、終電も近いので帰ろうと思いました。ところが、その日の母親は、「会社の他の人は今日で帰るんだけど、お母さんだけ、一日有給とってあるのよ。もう一泊だけしていくつもりなの。」と言って、「○○ちゃん、ちょっと見ていく?」と
部屋に誘いました。
ホテルの部屋を見ても何も面白くもないのに、なぜ、誘うんだろうと、僕は理解できませんでしたが、断る理由もないので、母親と一緒にエレベーターにのって、部屋まで行きました。今思えば、母子とはいえ、成人の男と女が、お酒を飲んで、深夜に、ホテルの部屋に行くというのは、目的は普通ひとつしかないわけで、この日に近親相姦にまでいかなかったことは、今でも悔やまれてなりません。きっと、この日は、身持ちの固い母親なりに、アルコールで勢いをつけて、僕とベッドインをしたかったのだと思います。エレベーターの中では、母親は、2年前に子宮ガンの手術をして、子宮を全部取り除いてしまった
こと、家族も入院していて、疲れ果てていることなどをしきりにぼやいていました。そして、そのぼやきは、ホテルの部屋の中にはいると、母親には珍しい、愚痴のようになり、しきりに、「お母さん、身も心も疲れ果ててるの…」という台詞を繰り返しては、僕を見つめていました。当時の僕にはそこまで思いつかなかったのですが、今思えば、「お母さん、身も心も疲れ果てているの…」というのは、「お母さんを慰めて…」という意味だったと思います。
また、これは考え過ぎかもしれませんが、その日はじめて知ったことではありますが、「子宮を手術で取り除いてしまった」と、母親が息子に話すことは普通ためらいがあると思うのですが、何度も繰り返し言っていたことから考えると、ひょっとしたら、「生で射精しても妊娠の心配がない。」といいたかったのかも知れません。
つまり、母親の気持ちは、今から思えば、「あなたのために、一晩ホテルの部屋をとって、明日の午後帰ることにしたから、今夜は朝までお母さんを抱いて。妊娠の心配はないから、お母さんの膣内に生で何度でも挿入してぶちまけて頂戴…」ということだったと思うのです。当時の僕は彼女もいず、オナニーするときは、いつも母親を想像していっていました。ただ、実際に母親とセックスできるとは夢にも思っていなかったので、その日の母親の態度について、理由がはっきりわからないまま、その日はタクシーで帰ってしまったのです。
その日は、結局、母親と二人きりで、午前2時まで、ただ話をしただけでした。母親は、いつか僕が母親を押し倒して、近親相姦になると胸をときめかせていたのだと思います。部屋に入ってからも、しきりにワインを勧めましたし、「もう、終電もないね…」と言ったりしていたからです。「終電がない」というのは、男と女の間では、「泊まってセックスしよう。」という意味に決まっていますが、母親の口からその言葉が出ても、当時は、その真意がわかりませんでした。 午前1時すぎころからは、母親は、意味もなくベッドに横になって、僕の方を見つめて、「泊まっていく…?お母さんならソファで寝るから…」
とか言っていたのですが、これも、今から考えると、ベッドは一つしかないのですから、「ソファで寝る」というのはその場の言い訳で、大の男と女がホテルの一室でおとなしく寝ているわけがないのです。別れて寝るどころか、実際は、ベッド中で裸で合体して、全身汗だくになるまで、お互いの肉体をむさぼりあうに決まっているのです。2時近くになると、母親は、「体が疲れて…」といって、僕に肩と背中をもませました。最後のあたりでは、ベッドの上に母親がうつぶせになり、僕が上から、覆い被さるような形で、背中から脚、そして尻もじゃっかん揉んでいるような状況でした。僕は、もちろん、股間がはりさけそうで、今にも射精するところでしたが、母親が僕とセックスするつもりはないだろうと、思いこんでいたので、一人で、早くこの場を去らないと駄目だと早とちりしていたのです。今から思えば、母親は、僕との禁断のセックスを望んでいたのだと思います。僕が抱きついても、母親は、たぶん抵抗しなかったと思います。母親の服を脱がせても、たぶん、従順に応じてくれたと思います。その日は、当然、コンドームも持っていませんでしたが、たぶん生でやらせてくれたのだと思います。残念なことをしました。最後に、母親は、「ど
うせ、毎日お風呂に行ってないんでしょう?シャワールーム貸してあげるから、汗流しなさい…」と僕にバスルームへ促しました。実の母子とはいえ、立派な大人の男と女です。酒もお互いかなり入っていました。部屋は、ホテルの部屋ですから、下宿先と違って周りに気を使う必要はありません。母親の同僚も、皆その日は帰ってしまって、僕たち母子がこの部屋にいることは誰も知りません。
母親は、「身も心も疲れたので、スッキリしたい…」「妊娠の心配はない…」「今夜は泊まっていっていい…」「シャワーを浴びてきて…」とほのめかしているのです。そして、母親はベッドの上に、寝ころび、息子が後ろから覆い被さるような体勢になっているのです。今から、思えば、母親との近親相姦の条件は完全にそろっていたのです。母親は、息子に体を預け、朝まで濃厚な生ファックを楽しむつもりだったのです。惜しいことをしました。その日は、シャワーを浴びることもなく、僕はタクシーでホテルを後にしました。下宿に帰っ
てから、母親の残香をかぎながら、一人でオナニーをしました。それ以来、母親とは、その日のようなニアミスはありません。しかし、いつか、同じようなときが来たら、その日は、遠慮なく、母親の体をいただこうと思います。
真昼の入浴 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月23日(月)00時53分10秒
昼時、食事をしながら母に、おとついの男の事をきいた。
となり町に住んでいる、悪名高きチカンの常習ジジィだった。
噂は聞いていたが、まさか本当にチカンしているとは思わなかった。
よりによって、母に手をだすとは許すまじき野郎だ。
母も噂を知っていたが、親戚の知人だったため、うかつに敷居をまたがせたと言った。
あーなった以上、母もきちっとした態度をすると言ったから、まずは一安心できる。しかし、また母を襲いかねないから、裏で手をまわそうと思う。
食事を済ませ、弟の部屋でテレビゲームをしていると、ガラス戸のすりガラスごしに、母が服をぬぐ姿が映った。
全てぬいだのか、母が「私、お風呂に入るから」といった。
僕は、「ふーん、勝手に入りゃいいじゃない」と思ってゲームを続けたが、何で、わざわざ「入る」っていったのか、不思議だった。別に意味はないのか、それとも誘っているのかわからなかったが、風呂にはいるぐらいならと、僕も服をぬいで、慌てて入った。
母との関係が、いい方向になって浅いが、僕は大胆な行動をとろうと思った。
弟が帰ってくるまで、後一週間。何もしないよりは、失敗してでもアプローチしたほうが、悔いは残らない。
ならば、実行あるのみ。
浴室の戸をあけると、母は体を洗っていた。背中まである髪をあげ、体中が泡だらけになっていた。
僕は「入るよ」って言ったが、母は何も言わなかった。ちょっとびびったが気を取り直し、「背中、洗ってあげる」
っていうと、母がスポンジをくれた。また、何も言わない。
せっかく、ギクシャクしていた状況からぬけ出せたのに、元に戻ってしまった感じだった。
僕も黙ったまま、背中を洗ってあげた。
お湯で泡を流すと、母は僕からスポンジを取り上げ、僕の体を洗い出した。
首から手、手から胸板、胸板から腹に・・・。母は一生懸命洗ってくれた。・・・と思う。
母は、片膝をついて洗ってくれた。自然と、母のオマンコへと目が行ってしまい、チンポが立ってしまった。
母も、僕のチンポに目が行った。すぐさま、僕の顔に目線を戻したが、顔が赤くなっていた。多分、蒸気のせいでほてったと思うが、そんな母がとても艶っぽく感じた。
母の手が、腹からチンポにくると、スポンジを置いて泡だけとり、素手で勃起したチンポを洗ってくれた。
石鹸の潤滑制と、母の優しい手使いが、充分すぎる気持ち良さをくれた。
ちょこっとなでれば済むのに、母は「ここは、デリケートなところだから、優しく洗わなきゃ・・・」といいながら何度もなでたりこすったりした。そして、亀頭をつままれると、僕はおもいっきり射精してしまった。
勢いよく、母の乳房にかかった。
僕は「しまった」と思って、慌ててスポンジで胸を洗った。慌てたため、手に力が入ってしまい、乳房が赤くなってしまった。母に謝る。
「ごっごめんなさい」何故か、丁寧に謝ってしまった。
母は「いいのよ」って許してくれた。そして、「つかりましょう」といって先に、湯船につかった。
僕も湯船につかった。
アパートの風呂はユニットになっていて、二人つかるには、少しせまかった。
母は苦しくなったのか、僕に「ねえ、そっちに体あずけていい?」と言った。僕も苦しかったから、躊躇わず「いいよ」っていった。すると、母は背中を向けて、体をあずけてきた。
母の腰に、立ったままのチンポがあたった。その感触が、母に伝わっているはず。けど、何も言わない。
親としての寛大さか・・・。
たまらない・・・。母と、肌を密着させている。たまらない・・・。
僕は、母の肌の感触にたまらなくなり、許しなしに母の乳房にさわった。
脇の下から両手をまわし、両房を掴む。そして、おもむろに揉んだ。母は、抵抗しなかった。それどころか、僕の
手に自分の手を重ね、一緒になって揉んでいた。
乳首を、指の間に挟んで嬲ると、「はふっ」と悶噎を漏らした。母の頭が、僕の顔の横にくる。
自然と、母の耳を愛撫した。すると、母も腰を動かして、チンポをこすってきた。
僕の鼓動は、だんだん早くなり、体中にアドレナリンが駆け巡ったともいえるぐらい、激しくチンポを押し付けた。
二回目の、射精をしそうになったとき、急に目の前が暗くなった。
僕の目が、光を取り戻したとき、母の顔があった。なんか、今にも泣き出しそうな顔だった。
体はだるく、動かす気力も無い。
僕は何故か、母に「おはよう」といった。自分でもわからない。すると、母の顔は笑顔になり、僕の頬を両手でつ
ねった。ちょっとだけ痛かった。たぶん、母は本気でつねってないと思う。
母が手を放し、顔を遠ざけると天井が見えた。
僕はこの時、自分は寝ていた事に気がついた。背中には、畳の感触がある。頭には、枕にしては固い感触があった。
僕はふざけて「ここはどこ?私はだれ?」と言うと、母がさとすような口調で、僕が寝ていた理由を教えてくれた。
「のぼせたのよ」
そう、僕はのぼせてしまった。母に、エッチなことをしていて、興奮して頭に血がのぼったのだった。
それからは、母は慌てて、僕を風呂から出して熱冷ましをしてくれていた。
僕は、母にエッチなことをした上のぼせ、迷惑をかけてしまった。
母の心も体も手に入れるどころか、反対に僕から離れてしまうような結果になってしまった。
僕は、もうだめだと思った。せっかく、母の心をつかみかけてたのに・・・。
大胆な行動が、裏目になってしまった。
僕は、謝ろうとすると母は、再び僕の頬をつねり引っ張った。うまくしゃべれない。
母は、真顔で言った。「馬鹿な子ね。お風呂の中であんなことすれば、のぼせて当然よ。おちんちんを洗ってあげたぐらいで、欲情するからいけないのよ」
僕はつねられたまま謝った。何度も謝った。母の手は離された。そして、「もういいから・・・今夜は、ここで寝ていきなさい。」といってくれた。
だけど、僕ははずかしくなって、断ってしまった。
「いいよ・・・もう、部屋に戻る」「そう、じゃあ、ついてくわ」
一緒に寝れたかもしれないのに、僕はなぜか断った。たぶん、これでいいと思う。いまの僕は・・・。
僕は、ふらつきながら、自分の部屋に戻った。部屋まで、母がつきそってくれた。肩をかしてくれ、腰をささえてくれた。この時、母の、母親の何かを感じた。親というものを感じた。この間まで、平常面を作って、心の底で母を憎んでた自分が恥ずかしい。
僕は、母親の一部を知った。まだ、母親というものが、もの自体があるはず。もっと、母を知りたくなった。
僕のことを、母に知ってもらいたくなった。もっと、もっと、もっと・・・。
母は、僕がベッドに寝るまでいてくれた。
横になると僕は、「ありがとう」といった。母は、「おばか・・・」と小声で言って、僕の部屋を後にした。
母の「おばか・・・」が心地よく感じた。
僕の、大胆不適な行動は失敗した。母にも、悪い印象をあたえた。逆戻りをしたかもしれない。でも、母親の何かを得たような気がする。気がするだけかもしれない。でも、この先どうなっても、後悔はしたくない。
あれから数時間ねた。気分も、なんとかはれた。夕食抜きで文書きはつらいが、投稿する。そして、朝までぐっすり寝る。何ゆえ?。翌日、仕事をしながら考えるとする。日曜日でよかった。
肛門への執着 投稿者:キタキツネ 投稿日:02月23日(月)15時50分57秒
妻が息子の顔にまたがるようにして、二人は69をしている。
妻は左手で二つの玉を握るようにもみほぐしながら、右手でチンポの根本を押さえ、17センチはあろうかという息子のチンポを、のどの奥深く出し入れしている。
息子はというと、左手の親指でクリトリスをこすりながら、舌で膣と肛門を交互にほじっている。とくに肛門を念入りにだ。
最近、息子は妻の肛門に執着していた。何かにつけ肛門をなめたり、指を入れようとしていた。
息子の舌の愛撫で肛門がゆるんできたのか、かなり奥まで舌が入っているようだった。
妻が思わず尻をふって舌を抜いた。
「ダメだってば!何回言ったらわかるの」
妻が息子をにらみつけた。
「気持ちよくないの?」
「気持ちいいけど、奥まで入れたらダメ。汚いから」
「別に平気だよ」
そう言う息子を無視して、チンポに手を添えて息子にまたがった。
今では妻は、私が見ていようと平気で息子とセックスを始める。
また、息子に見せつけたくて、息子の前で私にセックスを求める
ようになった。
そしていつも親子3人でのセックスになるのだった。
妻が気持ちよさそうに、夢中で腰をふりはじめた。
事前勉強かもしれないのに・・・。 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月23日(月)21時10分50秒
今日から、僕は仕事を定時終えて、帰宅する事にした。
母が心配だ。
アパートにつくと、一目散に弟の部屋へ直行。
部屋では、母がこたつに入って熟睡していた。寝言で、僕の事を言っていた。「ばか・・・たわけ・・・」
母のことだから、許すとする。
こたつの上には、カップ酒3本に、たくあん少々。
母の左手には、ビデオのリモコンがにぎられていた。
テレビもビデオもつけっぱなしで、画面がブルーバックになっていた。ビデオは巻きもどし中・・・。僕は、おもむろに巻きもどしを止め、再生ボタンを押した。
倫理に通されていない画像が出た。激しい絡みだった。多分、クライマックスだったと思う。
母が、なぜこんなビデオ見ていたか、疑問だ。
母の勝手とすれば、それにこしたことはないが、息子の(弟の)コレクションを見ていたとは、尋常でないと思う。
考えられるのは、ひまだったか興味か、自慰か・・・。
ひょっとして、セックス知識の再確認?。今更??。
僕は、不安にかられた。ひょっとしたら、母がその気になっての、事前勉強かもしれないのに・・・。
そのことよりも、母が無口に戻り、ちょっとよそよそしいのが恐い。
母に、猥褻行為をしても抵抗しなかった。エロじじいに襲われても、うろたえるだけだった。しようと思えば、僕なんか、あんなじじいなんか、護身の合気でギッタンギッタンのケチョンケチョンにできたのに・・・。ポイポイなげれたのに・・・。静かなのが恐い。
僕は、母をそのまま寝かしておき、テレビとビデオの電気を消して、自分の部屋に戻った。
今日は何もしないで、母のゴマでもすろう。それにこしたことはない。
さわらぬ神に祟りなしだ。でも、ちょさっとだけ、おいたをしたい・・・。
誰にも、邪魔させない 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月27日(金)22時47分52秒
ついに母は、僕を受け入れてくれた。
母を犯してから数日間で、男と女の関係が成立してしまった。
今考えてみると、サクサクすすむアドベンチャーゲームのようだ。
コマンドさえ間違えなければ、最短距離でハッピーエンドになる。いま、そんな
感じである。何か、あっけなかった。ハッピーエンドなのに、ものたりないところ
もある。
本当は、母は僕をからかってるのかもしれない。
それでもいい。嘘でも、夢でも、僕と母は男と女になったんだ。ただ今は、事実
だけを貪りたい。裏切られる事があっても、それまでは母を信じたい。
この時を以下に示す。僕はあえて、この時の情事を描写しない。
1.弟のこと。
2.母と僕のこと。
3.これからのこと。
4.約束。
1弟のこと。
昨日、朝に、弟から電話があった。内容は--結婚したい女ができた。連れて
行く(連れてくる)から、そのつもりで・・・--というもの。
母は、弟の結婚という言葉で、決心したと言っていた。
これからは、弟とはセックスをしない。親と子の関係でいること。
それから、弟がおこした不始末は、自分自身で責任をとらせることも。
2.母と僕のこと。
まずは、過去の事を、土下座をして謝ってくれた。そして、僕に黙って、弟とセッ
クスしていたことも・・・。それから母は、自分の体の事と、今の気持ちを告白し
てくれた。
2-1.一人で、寂しかったこと。抱いて、寝てくれる男がほしかったこと。肉体
の衰えが怖かったこと。抱かれることで、自分自身をつなぎとめていたか
ったこと。
2-2.近親相姦という、普段では持つ事のできないモノを持ちたかったこと。
宝石よりも直に、味わえるよろこびだったこと。そのことを口に出して、
自慢したかったこと。
2-3.今まで以上に、僕に甘えてはいけないと思っていた事。このことによる、
僕の恋愛を邪魔してはいけないと思っていた事。近親相姦は罪と思い、
僕に触れさせたくなかった事。禁断という言葉に、酔ってしまったこと。そ
の反面で、僕とも関係したかった事。
2-4.夫を見切った事。嫁ぎ先を裏切った事。その事で、僕や弟に、不憫な思
いをさせてしまったこと。それら全ての事を理由に、人生の道をそれてし
まった自分を、正当化してしまったこと。etc・・・。
2-5.自分(母)を許してくれた、息子(僕)を男として見てしまったこと。一時で
はあるが、自分(母)を守ってくれた息子に感じて(濡れて)しまったこと。
その僕に、ずっと、ずっと、一緒にいてほしいと思ったこと。
僕は、2-5.でかいつまんだことが、とてもうれしかった。そう言ってくれたこと
で、僕はさらに、母を守りたい。僕の中の欲望が、一人占めにしたいと思った。
僕も母に、今までの気持ちを告白した。そして、今は母でなく、女としてT子(母)
を想っていることを・・・。
2-6.僕は、きっかけを点前に復讐をした。あの時、母さんへの憎しみはピー
クに達した。そして、乱暴した。でも、そんな僕に抵抗せず、受け止めて
くれた。
僕は、母さんを誤解していた。僕と同じように、苦しんでたと思う。僕はも
う、どうでもいい。母さんの、思うとおりにしてほしい。
2-7.僕は、母さんが弱い事を知った。母さんを、守りたいと思った。ずっと、
ずっと、守ってあげたいと思った。こうゆうのを愛してると言うのなら、僕
は、母さんを愛してる。ちがう、僕は、T子を女として愛してる。
上2つが、僕の告白だ。調子にのって、呼び捨てまでしてしまった。
自作した言葉だが、緊張していてこのとおり言えたか記憶になく、うまく伝えられ
たかも疑問である。でも、このあとの、母が言ったことはしっかりと憶えている。
「ありがとう。親を呼び捨てにするなんて、生意気だぞ・・・。でも、あなたが、あ
なたがずっと、ずっと側にいてくれるのなら・・・。あなたが、女として私を意識し
てくれるなら、このまま甘えさせてほしいの・・・。」
この言葉で、僕の頭のなかは、トロトロにとけてしまった。
そして、ブラウスの一番上のボタンを外し、僕を刹那気な目で見た。それからは
もう、互いを求め合うだけで、言葉なんていらなかった。
母は異様に興奮していて、押せ押せの勢いに、主導権を取られてしまった。そ
れからは、母の思うがままで、手取り足取り腰取りチンコ取りで・・・。深いところ
へ落ちていった。
「あの時(初めて母を犯したとき)が、はじめてよね。私が、はじめてよね?。」
って聞かれて、思わず「うん」て答えてしまった。母さん、ごめん・・・。
「私が、童貞をもらうのね・・・。リードしてあげる・・・。」
それからはもう、母のなすがままで、どこぞのガイドどおり教えてもらった。
少し、省かれた部分もあるが・・・。
後、母の感じるところとか、体位や一番始めに、愛撫してほしいところとかも教
わった。
3.これからのこと
これからは、知人の前では親子を、相手に意識させ、それ以外は男と女でいる
ことにきめた。これは、母の意見だ。反論する理由もないので、決定した。そし
て、ふたりだけで生きていく事を・・・。
4.約束
これからの事で、二人の約束を決めた。これは、とても重要と思う。
これは全て、互いの同意をえてのことだ。
4-1.離婚が成立するまで、親子でいること。セックスはOK。
4-2.弟や、外の男・女とセックスしないこと。ただし、互いの許可があれば可。
4-3.誘惑にのらないこと。
4-4.妊娠してしまった場合、互いが最大の責任をもって対処すること。
4-5.妊娠で生まれた子供は、親子・兄弟の続柄にすること。
4-6.僕に、母以外の女性に、恋愛感情を持ったとき、親子の関係に戻って、
その女性と結婚すること。(できればのこと)
4-7.どちらかが、不意の死亡にあったとき、束縛されることなく異性を求め
ること。
4-8.互いの想いを尊重し、身はてるまで愛することを誓うこと。
4-9.順次、約束は更新されていくこと。
以上が、内容をかいつまんでまとめたもの。
母が、僕を男として受け入れてくれた喜び、母親を本気で愛する者たちに、うま
く伝わるかどうかわからない。もう、この喜び、言葉では、表現しきれない。
僕と、母の気持ちが、偶然でもうまくからみあったのだ。努力する甲斐はあると
思うし、かならず報われると思う。いつでも、本気であることが大切だと思う。
この短い期間で、よくここまで進んでしまったなと思っている。去年の月末あた
りからか・・・。
とにかく、母が受け入れてくれた以上、男として責任をはたす。
本気でいれば、どんな困難だってクリアできる。負けたくはない。母の想いに、
傷をつけたくはない。想いに応えてあげなきゃ、愛は成り立たない。
二人の人生、最高に・・・。
僕は、勝者なんだ。勝って、母を手に入れた。だから、最高。
誰だって、勝者になる権利はあるはずだ。みんな、本気でいこうよ・・・。
※ という訳で2月分はここまで。
改めて明けましておめでとうございます。
お正月に1月分を、と思って始めたつもりでしたが1日ずれてしまったのはご愛敬と思って下さい。
途中で気付いたけど、1日更新を休むのも…と思い、そのままにしました。
21世紀も早20年ですね……子供の頃ははるか未来に感じたものです。
それでは明日の3月分の更新もよろしくお願いします。
お楽しみに。
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この年の2月は長野オリンピックが開催されました。
当時中継を見ていたらスキーのジャンプで「船木ぃ~」と泣きそうな声を出す原田選手を覚えている方も見えるかと思います。というか今となってはそればかり思い出します。
また奥田民生が「さすらい」を出してます。好きだったんですよ、この歌。
郵便番号の七桁化もこの月から順次始まっていったんですね。
体験告白掲示板とフリートーク掲示板はまだ一本化していたため、今回も投稿者同士のやり取りが多く見られます。体験告白の本文と混ざっている状態もあるため、どこまでカットするか微妙なんですよね……迷いながら部分的に残している箇所もあります。
(以下1997年7月のまとめ記事と同文)
なお引用元は掲示板形式なので、同じ人が投稿した体験談を連続で読めない、という問題がありますが、これも当時の掲示板の雰囲気の再現と思って下さい(笑)
投稿者別に並べ替えようとも思ったのですがたとえば文章が2か月、3か月に跨っている場合、掲載が前後してしまうので止めました。
またあまりに短い文章、内容に乏しい文章、義母モノ、独断と偏見で一部体験談は省略しました。
それと懐かしいので、時々管理人のshotさんのコメントもランダムで残しています。
ところどころ※印をつけているのは私の注釈・感想です。邪魔に感じたら読み飛ばしてください。
なお、権利上問題になるようでしたら早急に対処しますので、著作権者様(SHOTさん)がご覧になってたらご連絡ください。よろしくお願いします
それでは……懐かしいひと時をどうぞ!
近親相姦掲示板 ☆告白・相談・願望・妄想☆ 1998年2月分ログ
浣腸 投稿者:亮 投稿日:02月01日(日)21時58分50秒
下半身を露にして、ベッドの縁に腰掛けた僕の股間に母は顔を埋め、そそり
立ったペニスを口いっぱいに咥え込み、フェラチオに没頭している。両頬を窄
め、根元から先までゆっくりと僕のペニスを堪能している。
「アァー、か、母さん。で、出ちゃう、出ちゃうよ。」
両手で母の頭を押さえ、口の中で何度も脈打ちザーメンを放出する。
口元から溢れ出たザーメンを指先で拭うと、それを口に含み最後の一滴まで味
わう。
「次はどうすればいいの?」
「じゃぁ、服を脱いで下着だけになって。」
セーターを脱ぎ、ワンピースの背中のファスナーを降ろし肩から抜くとスルッ
と床に落ちる。巨乳を寄せ上げ、締め付けている白い総レースの巨大なブラ
ジャー。下半身はストッキングもパンティーも穿いていない。いや、穿いてい
ないと言うより穿かせていない。息子の予測できない要求を困惑しながらも受
け入れ、これからあらゆる破廉恥な行為を受ける事を知っていながら、ストッ
キングを下ろし、パンティーを脱ぐ時の母の心境は...。
「もう、母さんにこんな恥ずかしい事ばかりさせて。」
胸元に腕を回し、広範囲に生い茂ったヘアを掌で隠し、恥ずかしそうにしてい
る姿がより一層、僕を昂ぶらさせる。母の体を抱き寄せ、ブラジャーをたくし
上げると、窮屈に締め付けられていた巨乳が飛び出し、乳首に吸い付くと
「アッ。」と、語尾の短い声が漏れ、背中が後ろに反り返る。あっという間に
硬くなった乳首を舐めて、吸って、噛んで、乳房全体を揉み上げる。股間に中
指を入れると、僕がしたい事を察知してか挿入し易いように、両足を開き腰を
落とす。
「ねぇ、亮君。もういいでしょ。アッ、お願い。ねっ、いいでしょ、もう我慢
できない。」と、息も絶え絶えの声でペニスの挿入を求めてくる。
ベッドの上に仰向けになった僕のペニスの上に両膝を立てて和式トイレにし
ゃがむような格好で跨ると、根元に指を添え入口に当てがい一気に腰を沈める。
「アッ、アアーーーン。」鼻から抜ける甘ったるい声、卑猥さこの上ない格好
で腰を上下、前後、左右に縦横無尽に振り続ける。我を忘れ、快感に浸ってい
る母の顔を下から眺めながら、枕元に隠していたあるものを取りだす。
「ねぇ、母さん。そのままの格好でコレしてよ。」と、イチジク浣腸を見せと、
動きが止まり母の顔が一変する。
「えぇー...。いや、いやよ。そんな事...。いやぁー。」
「じゃぁ、止めるよ。」
「...。」
「お願い、して。ねっ、いいでしょ。」
「じゃぁ、1、1回だけよ...。」
観念したのか浣腸を手に取ると、ペニスを咥え込んでいるお尻に両手を回し、
恐る恐る注入を始める。空になった浣腸を受け取り、全て注入した事を確認す
ると、今度は僕が下から突き上げる。
再び母の体に火が付き、今にも泣き出しそうな歪んだ顔で乱れ始める。
「母さん、早くイカないと漏れちゃうよ。」
腰の動きが激しさを増し、言葉にならない喘ぎ声が途切れる事無く口から溢れ、
お腹がグルグルと音を立てる。絶叫に近い喘ぎ声と共に絶頂を迎えると、僕の
体の上に倒れ込む。両腕で抱きしめ、身動き出来ないようにすると、我慢が限
界に達したのか、
「お、お願い。トイレにいかせて。で、出ちゃう。お願い、意地悪しないで。」
と懇願する。
お腹の音が激しくなり、ブルブルと震え出す。両腕を離すと、全裸のまま部屋
を飛び出しトイレに駆け込む。
全てを排出し戻ってきた母は、先程までの乱れ様とは打って変わり、浣腸を
したままはしたなくよがり狂った
自分の姿を見られたくないのか、そそくさとベッドの中に潜り込む。
「どうだった?浣腸したままするのは?」
「...。」
「感じた?感じたんでしょう?母さん、凄かったよ。」
「もう...、聞かないで...。」
恥ずかしさこの上ない事をされ動揺しているのか、母は僕の隣で背を向けたま
ま黙っている。首筋にキスをしながらお尻を撫で回し、乳房をわしづかみにし
て揉み始めると、向きを替え僕の首に腕を回し、唇を押し当て舌をねじ込んで
くる。
今度は何しようかな...。
RE/母思いさんへ 投稿者:母が好き。。 投稿日:02月02日(月)02時52分32秒
いつもロムっているばかりでしたが”母思いさん”とまったくではないんですが、似た経験をしているので僕も投稿しようと思いました。
僕もパンストに異常に興味を持っていました。でも僕の場合はきっかけが母本人なんです。母はいろんなパンストや、パンティを持っています。
僕が16歳の時に学校から帰って来ると、母が玄関まで出てきたんです。
そのとき母のはいていたパンストは網目の黒いいろのやつをはいていました。
僕はそれまで母にはあまり感心はなかったんですが、それがきっかけで母のことが気になりはじめました。私は毎日母の足ばかり見ていましたが、ある日母がそのことに気ずいてしまったんです。ある日の夜父が遅い日だったと思いますが母と御飯を食べてる時に母が「最近、お母さんの足ばかり見ているでしょう?」と言って来ました。僕は無視して御飯を食べていました。母は「どうして?」とまた聞きました。僕はまた無視していました。すると母は「最近エッチな本を見ているみたいだし」と言いました。僕はそのときなぜかものすごく頭にきて、「うるさい!」と言って自分の部屋に行きました。その本と言うのは
近親相姦の本ですが、それを母が勝手に見たということに怒りと恥ずかしさと混ざってしまったんです。しばらくして母が部屋に入ってきて「勝手に見てごめんなさい、でもいけないことなのよ、どうしてそうなっちゃったの?」と聞いてきました。僕は無視していましたが母が「怒らないから、教えて?」と聞いてきたので僕は全部話しました。すると母は「そう。。わかったわ」と言って部屋を出ました。
僕は母を傷つけたと思いがっくりしていましたが、しばらくして母が部屋に戻ってきて「こっち見て。」と言って僕は振り返ると母はあのときの黒の網目のパンストをはいていました。僕はびっくりしました。
そして母はベットに座って「もっと近くにきて見てもいいわよ」といい僕は母の横に座って見ていました。僕は母のスカートをめくっていきました。母は少し足を広げていたので奥の方までみるとノーパンだったんです。僕は完全に切れてしまって母をそのままベットに押し倒してそのまま母とセックスしました。母はその時ダメ!とかイヤ!とか言ってたと思いますが、いまいち良く覚えていません。そして思いっきり母の中で射精しました。
終わってから僕は我に帰って「ごめんなさい!」と誤っていました。母は「すっきりした?」と言いしばらくして「今度からは中で出しちゃだめよ」と言って部屋を出ていきました。僕はその言葉の意味が分るのにしばらく時間がかかりました。そして今では父より僕の方が沢山母とセックスしています。
嘘か本当かはみなさんの判断に任せます。
※ 掲示板に書き込まず、読むだけの人をROM専(ロム専)などと呼んでいました。今も使う単語なんでしょうか……まったく見なくなりましたが。
犯りますか!! 投稿者:ヒロ 投稿日:02月07日(土)00時29分33秒
母姦男爵さん、レスありがとうございます。どのようにすればよいのか迷っていましたが、
やはり僕も恥ずかしいところを見られたので母の恥ずかしいところを見てやろうと思いました。
翌朝は、やはり母の様子は変でした。
僕目が合うと視線を逸らしているように感じました。
僕は、母の排泄しているところを見てやろうと思いました
ラッキーなことに家のトイレは和式でしかも鍵はついていません。
母がトイレに入ったときにトイレのドアを開けてやることにしました。
母がトイレに入ったのを確認して数秒後ドアを開けると「えっ、ちょっとはいっている
のよ、閉めて」僕はおしっこだと思っていたけど母のお尻からは茶色の太いものが
でていました。「見てないで閉めて!」母は大声で叫びました。
僕はスカトロには興味はなかったのですが母のそんな姿を見ていたら、あっという間に
勃起してしまい、思考回路が狂ってしまったようでした。
「お母さん、僕が拭いてあげるよ。」トイレットペーパーを手に取り母の肛門を
拭いていました。「いや-、いやよ-」気がつくと母は床に手をついてお尻を
突き出すかっこうになっていました。
僕は母のお尻を拭き茶色になったトイレットペーパーと母のうんこを流しました
トイレの中は母の出したうんこのにおいが充満していました。
僕は無我夢中で母のお**こを舐め匂いを嗅いでいました。
「やめて!馬鹿」母は叫んでいたように思います。
ここまできたら、やめられない、僕はそう思い母のお**こを舐め続けました。
「いや-、いや-、やめて-」そんな母の声も聞かず僕は母の肛門の匂いを
嗅いでいました。うんこのにおいがしました。僕はたった今うんこを出した肛門を
舐めていました。
「やめて-そこはお父さんにも許していないのよ-。」
母の肛門はバージンのようでした。
僕は、とりあえず母を犯したい気持ちでいっぱいでしたのでお**こに挿入しました。
「いや-、な、なんで、何でこんなことに-」母は泣いていました。
僕は夢中で腰を動かし、母のお**こを犯していました。
限界が近くなり中だしはまずいと思い、お**こから抜いてお尻に擦り付けました。
オナニーでは得ることない快感で母のお尻に射精しました。
「何で?何でこんなこと・・・」母は泣いていました。
「お母さんが僕のオナニーを見てしまったからだよ。」
「だからって・・・。」母は泣いたままでした。
これから母とはどうなって・・・。
ヒロさん犯りましたね 投稿者:近親相姦は妙味 投稿日:02月08日(日)10時26分17秒
母親にオナニーを見られて、とうとうお母さんをトイレで犯したヒロさん、
犯りましたね。相手が身動きできずに恥ずかしい姿で犯ったあなたは頭がいい。
お母さんが「そこはお父さんにも許していないのよ」ととっさに出した言葉は
なかなか意味が深い。
つまりお母さんはアナルセックスのことを知っていて、少なからず関心が
あるということ。ということはヒロさんもお母さんのお尻のバージンをもらえる
可能性が高いと言うことだと思います。
生まれてきた時に前の穴から出てきてそして前の穴をいただき、
さらにアナルも陵辱できる子供は少ないはず。一度体を許した男に女は弱い。
それが実の息子ならば禁断の味なはずです。
是非、チャレンジしてみてください。
私の友人で母親にオナニーのフィニッシュを見られた上、顔まで飛ばした
(今で言う顔面発射?)奴がいました。そいつは笑われた腹いせに母親を犯し、
僕を含めた友達4人に輪姦させ、同時に性器とアナルと口と手でザーメンまみれ
にさせたこともあります。その後そいつの母親は僕たち4人のセックス処理の
マシーンとなって大学卒業までセックス奴隷になりました。
僕も含めて溜まれば犯れるのでとても重宝しました。この話は近親相姦には
あまり関係ありませんが・・・・
またご報告待っています。
母の年齢のことで 投稿者:マム 投稿日:02月09日(月)23時32分41秒
はじめまして。僕は今18才の高3です。
みなさんに相談したいことがあります。
僕は中1のとき突然、母を好きになってしまいました。母は僕が12才のときに再婚しました。
そのとき僕はものすごい嫉妬をして、それが原因で母を好きになったのだと僕は思います。
そして僕はバカなことをしてしまいました。どうしても自分の気持ちを伝えたくて思い切って母に告白してしまったのです。
結果は当然、その直後、母にものすごい勢いで頬をビンタされました。
それから約2年後、中3(15才)になった頃僕は母とHしました。
どうしてこうなったかというと、僕がビンタされても、どんなに叱られてもあきらめなかったので母は、もうどうしようもないと思ったんでしょう。ある意味、呆れてたのかもしれません。母も「あまりにもしつこかったからこうなったのよ」と、よく言って
ますので・・・。
そして母との関係は今でも続いています。
今は、卒業がちかいので、週に一度くらいしか登校日がありません。だから母と長い時間いることができます。
(姉が大学から早く帰ってくることが時々ありますが)
しかし母が最近いつも僕に言うことがあります。それは僕が大学を卒業する頃(今年入学)、つまり4年後になったとき、まだ自分を好きでいてくれるかということです。
なぜ4年後かというと、僕が大学を卒業する頃に母は40才になるからです。
僕はもちろん「年齢など関係ない」と言っているのですが、母はとても気にしているようです。
やっぱり気にしてしまうのでしょうか?
なんだかおかしな相談でどうもすいません。
よろしくお願いします。
それと姉は、父の前の奥さんとの子なので、僕とは血がつながっていません。でも一度も姉を女性として意識したことはないです。
真実は多くの言葉を必要としない 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月10日(火)01時12分54秒
この一ヶ月と二週間、髪の毛が抜けるほど悩んだ。
僕は決心し、一番付き合いのある従兄弟に悩みを相談した。
従兄弟のHは、少数よりも大勢の人に聞いてもらい、アドバイスや療養の言葉をもらったほうが、解決の
道は近くなるとさとされ、このHPを紹介してくれました。
僕は、この場を借りて、悩みである刹那の権現を皆さんに聞いていただき、意見をいただきたいとおもい
ます。
僕は、母と弟の三人で、アパートを二部屋借りて生活しています。
僕は25歳、母は45歳、弟は21歳になります。
悩みの発端は、去年の12月27日にあります。
僕は、不景気ななか職をかえ、新たな社会勉強をはじめました。
何もかもが初めてで、年末の仕事おさめは、2時間も早く仕事を終えることになっていました。
土曜日は、僕は仕事で、母と弟は休日でした。
僕は、早い帰宅で二人を驚かそうと、母と弟が住んでいる部屋に、音をたてずに入りました。
アパートなので、玄関からすぐにキッチンがあり、ガラス戸ごしに二人の部屋があります。
玄関のドアを開けると、女性の悶咽と、男の荒い息が聞こえてきました。
僕ははじめ、弟がアダルトビデオ見ている思い、「母がいるのに破廉恥な奴だ・・・」と内心思いましたが、
その思ったとはうらはらに、すりガラスに写るシルエットの不可解な動きと、リアルなサウンドに聞き覚えの
ある声を確信しました。
悶噎は母のものであり、荒い息はシルエットのからして、リーゼントをしている弟のものだったのです。
声をころして・・・どころではなく、失ってしまいました。
けど、僕はなぜか平然としていて、ガラス戸を少し開け、二人の行為を見ました。
弟が母の両足を少し抱え、覆い被さる形で互いの性器が結合していた。
結合部分は光沢を放ち、母が充分に感じていることがわかった。
弟は、必死に腰をふり、チンポをオマンコに出し入れしていた。
しばらくすると、弟の表情がしかめ面になり、チンポの出し入れも、オマンコにブチ刺すというような単発的な動きになった。
弟のチンポは、勃起すると20センチぐらいある。亀頭のえらはりも大きい。
そのチンポが、母のオマンコに根元まで刺し込まれているのである。母の、明後日を見る歓喜の表情は、子宮を嬲られていると理解できた。
口からは悶噎と唾液があふれ、オマンコからは汁が滴り、布団のシーツを汚していた。
行為にふける二人に会話はなく、弟の「母さん、母さん、母さん・・・」、母の「N君、N君、N君・・・」と互いを呼び合うだけでした。
しばらく続いた一連の動きは、母の「いっ、いぐっ・・・」と弟の「射るっ!」の一言で止まった。チンポは、オマンコに深く刺さったままで、母の奥深いところに弟の精液が吐き出されたのでした。二人は、体全体で息をするだけで、すぐに後始末をしようとしなかった。膣内射精が始まってから、数十秒の間、射精は続いていたようで、玉袋がヒクヒクと動いていた。射精が終わったのか、母が小さな悶噎を漏らした。「ふぐっ」
すると、オマンコからペニスが吐き出され、大量の精液が溢れでてきました。そして、精液の排出が止まると弟は再び、母のオマンコにチンポを刺し込んだのです。
再度の行為に入ろうとする二人に、僕は込み上げるものを感じ、静かに部屋を出て、自分の部屋に帰りました。
平然と、二人の行為--近親相姦--を見ていたにもかかわらず、何も考えようとせず、ベッドの上でただ、自分のチンポを扱く行為にふけました。
何回か射精して痛みを感じ、自分は痛い思いをしているのに、あの二人は快楽を味わっていると思うと、これからの現実を、どう生きていけばいいのか不安が生まれ、次第に膨らみ心を支配されそうになりました。頭の中は試行錯誤を繰り返すだけで、日は暮れてしまったのです。
少し長くなってしまったので、のちほど告白のつづきをします。
この内容について、意見がありましたら、遠慮なくいってください。
では、のちほど・・・・。
※ 寝取られから始まる初期の傑作と思います。
阿修羅王くん君もやればいい 投稿者:近親相姦は妙味 投稿日:02月10日(火)13時48分11秒
弟と母親の近親相姦を思いがけず見てしまったショックはすごいと思う。
でもその情事を思い出して一人痛くなるほど手淫にふけり、2人の快楽と比較した君は確かに2人に嫉妬を感じたといえる。
大好きな母親を愛情だけでなく肉体まで弟に奪われたのだから。
母親は君たち兄弟の共有物だ。君も母親とやるしかないんじゃないか。
君にも母親のあそこに精液をたっぷりと注ぎ込む権利はあると思う。
弟に負けないくらいの情熱で母親をとろとろにしてあげるべきだ。
きっと母親も心の底ではそれを望んでいる気がする。
真実は多くの言葉を・・・2 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月10日(火)23時44分41秒
さっそくのご意見ありがとうございます。ひとまず、告白の続きをします。
母と弟の情事をまのあたりにした翌日、僕は早朝からとあるイベントに参加するため29日の夕方まで、東京に行ってました。
知人と会い、楽しくすごしたのですが、頭からは二人の事がはなれず、今ごろ・・・いや、あれからずっと二人は、互いを貪りあっていると勝手な思い込みをしていました。
僕は、遠まわしに近親相姦のことを知人に、聞いてみました。
返ってきた言葉は一言、「所詮は意識も肉体も別固体だから、恋愛やら欲情やら、するのは当然。その相手が、それに価値(あたい)するかだけ。で、おびえるぐらいなら、止めたほうがいい。」とのこと・・・。
僕は、答えのかけらを見つけた気になりました。
家系・一族・家族、この血縁において、おびえが破局の始まりではないかと思いました。
知人と別れ、帰りの電車の中、何度も情事を思い出しながら、おびえに対しての抵抗を試みました。試行錯誤し、不安になりおびえる。何度もかなわない。地元の駅に着くころには、不安は不動の地にあったのです。
前日から、駅の駐車場に停めてあるバイクのエンジンに火を入れると、タンデムシートに座る者がいまた。母でした。
母は持参のヘルメットをかぶると、一言「海の公園につれてって」と言いました。
僕は、そのつもりはなく家に戻ろうと思ったけど、母と二人っきりになることに心傾けました。
タンデム中、母は僕にしがみつき、背中には当たり前のように、豊かな胸が押し当てられていました。
ドウキと息切れが始まり、とても苦しかったのを憶えています。
公園に着くと、母は僕の手を取り、海に接する堤防に連れて行かれました。そして、二人して堤防の上に並んで座りました。
母は、両手を頭上に伸ばして背伸びすると、一気に手を下ろしました。その反動で、母の豊乳は揺れました。
僕は瞬時に、あの時の情事を思い出しました。
弟に突かれ、肢体の隙間から覗かせた揺れる母の乳房・・・。それに反応して、僕のチンポはジーンズの前をこわばらせました。そして、心では母を抱きたいと思ったのです。
母からの誘い。近親相姦。できてる弟の知らないところで、母を犯す。
母を抱くのではなくて、弟の目の届かないところで、体を許してまで愛さしてくれている(自分にとっても)母親を犯してやろうと湧きだたせたのです。
そなんことも気づかずに、母は無防備に、体をあずけてきました。
その行為に僕は、直感的に悟られていると感じました。
僕の欲望は吐き出されることなく、薄れてまいました。不安と脅えが、横やりを入れたのです。
僕は、母を置いてこの場からにげようとした。それも悟っていたのか、立ち上がろうとすると、手を力任せに握ってきました。そして「こんな寒いところに、おいてく気?」と言ったのです。
完全に、悟られていました。心の片隅に、汚れたものがあるのに、偽善と自覚しているものが、襲わなくてよかったと主張していた。おびえている。
その日の夜、三人で白々しい会話をしながら食事をした。
顔は笑顔でも、頭の中は欲望だらけになっていた。
今、PCの動作が不安定なので、リセットのちつづけます。
真実は多くの・・・3-夢- 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月11日(水)01時48分00秒
PCの動作がふあんていになったので、やむおえず途中投稿しました。
真実は多くの言葉を・・・2のつづきです。
食事を済まし、早々自分の部屋に戻りました。
時間は20時・・・。しばらくすれば、母と弟の情事が始まる。
僕は、覗いてやろう・・・。そして今度は、現場を押さえ、二人を恥辱まみれの説教をしてやろうと考えていた。
時間調整のため、漫画を読んだ。内容はズバリ、母子相姦もの。
タイムリーネタだけに、のめり込んでしまった。
のめり込んでしまったために、そのまま寝てしまったことに気がつかなかった。
僕は、弟の目前で、母を抱いていた。
座ったまま壁にもたれ、勃起したチンポの上から、母を後ろ向きに座らせた。
チンポは、オマンコに埋もれていった。
僕と結合した母は、弟と向い合っている。その光景を、弟は凝視していた。
チンポがすべておさまると、母の足を広げ、結合したところを弟に見せ付けた。
僕は、両手で乳房を揉みしだく。それに答えるように、悶噎が漏れた。
僕は、母を突き上げながら、弟を見ていた。
チンポは腫れ上がり、手淫にふけっていた。
僕と母のまぐわいを見ながら、オナニーしているのである。
僕は、勝ったと思った。
目前の行為に手をださせず、手淫に浸らせたのである。
弟の目には、オマンコを出入りしているチンポが映り、頭の中では、膣壁をかきわけ子宮を犯す僕のチンポが映し出さ
れているに違いない。
僕は弟にかまわず、母を犯しつづけた。
そして、快楽に身を委ねる母に、大きな声で聞いた。
「今日は、危険日だろう?」「アッ、アッ・・・そっ、そうよ・・・」
「どうしてほしい?。」「K君の・・・K君のを、そそいでほしいの・・・。」
「はらんじゃうよ」「いいの・・・K君の子供・・・ほしいの・・・」
「僕のこと、どう思ってんの?」「すきっ・・・愛してる・・・」
「僕も、愛してるよ・・・T子」
愛してるがキーワードだったかのように、母は前かがみに手をつき、尻をふりだした。
僕の意志とは関係なく、母はチンポを貪った。
そして、「K・・・K・・・」と僕の名を叫びながら、イッテしまった。
僕も、母の名を叫びながら、母の中に射精した。
つながったままの母を再び抱きかかえ、真っ最中の弟に再度結合部分を見せつけた。
射精は続いており、力むたびに勢いよく飛び出た。
手淫の手は、速さを増した。
僕は、弟に認識させるために、母のくちから決定的なことを言わせた。
「T子、あいつに言ってやれ」「母さんはね、あなたをただの息子としかおもってないのよ」
「今まで抱かれたのは、K君のかわり・・・膣内射精も、K君のものと思って受け入れてたの・・・」
「K君だけの子供がほしくて、危険日をさけてた。お母さんは、あなたのダッチワイフじゃないわ・・・」
「K君だけのものよ・・・」
僕は、手淫続ける弟に言った。
「いいか、T子は僕の女だ。T子を抱けるのは、僕だけだ。息子で要られるのも、
今までの行為も、全てお情けだ」
「わかったか!?」
「ハア・・・ハア・・・ハイ・・・」
弟の口から、荒い息とともに返事が漏れた。
「最後のお情けだ。T子のオマンコから、精液が溢れ出るところを見せてやる」
僕はチンポを抜くと、母のオマンコを広げた。
すぐさま、僕の精液が溢れ出てきた。
それを見た弟は、手の動きを止め液を放った。
僕は、勝利の優越感に浸った。
母も、精液まみれになったオマンコを弄くりながら、余韻にふけっていた。
そして僕に、小声でささやいた。
「K君の子供・・・ほしいの・・・」
僕はベッドから、とび起きた。夢だった。夢を見ていた・・・。
自分の欲望が、夢になったと確信した。
時計を見ると、午前9時すぎていた。
昨夜の覗きは失敗した。しかし、夢を見たことで少し満たされた気がした。
夢の余韻にふけるため、記憶を辿っていった。
「K君の・・・K君のを、そそいでほしいの・・・。」
「はらんじゃうよ」「いいの・・・K君の子供・・・ほしいの・・・」までくると、
僕は背筋が凍る思いをした。
あの時弟は、膣内射精していたのだ。
膣内射精という言葉は、僕の脳裏に妊娠という言葉を焼き付けた。
また、長くなってしまいました。つづきはまた、のちほど告白します。
この内容について、意見がありましたら、遠慮なくいってください。
では、のちほど・・・・。
昔のこと 投稿者:キャスター 投稿日:02月11日(水)11時55分58秒
祖父は年のせいで寝たきりでした。
その為、身の回りの世話をいつも母がしていました。
ある日、祖父の部屋から変な声がするのでそっと覗いてみると
祖父が細々しい声で「お願いだ、陽子さん」と母の
足にしがみついていました。
母のスカートは太股までめくれていました。
母は抵抗しましたが激しく抵抗すると音が立ち家族に
気付かれると思っているのかかすれたような声で
「勘弁して下さい」と言いながら手を払いのけていました。
しかし、祖父の手は母のパンティーに掛かり母が
逃げようとしたとき膝まで降りてしまいました。
そして、そのまま下半身を裸にされ祖父の頭が
母の両足に割って入り舌があそこまで伸びて行きました。
母は観念したのか力が抜けたように仰向けに倒れ込み
声が出ないように指を咬み泣いているようでした。
時々、「あう・・・」と苦しそうな声をだし少し腰が
浮きました。
僕は、その日から母が祖父の部屋に行くたびに
覗きを繰り返しました。
母は毎晩のように祖父におもちゃにされ抵抗すれば
「息子をここへ呼ぶ」と言われ覗かれていることも
知らず僕の目の前で痴態をさらすのでした。
お母さんとのセックス 投稿者:カッシュ 投稿日:02月11日(水)22時19分03秒
すいません、この一ヶ月ぐらい、ずっとお母さんとのセックスのことばかり考えていたので、書くことを忘れていました。今回は、お母さんとのセックスのことを書きたいと思います。
お母さんはぼくに初体験させてくれてから、ときどきぼくとセックスしてくれるようになりました。お母さんんがセックスさせてくれるのはお父さんが出張で家に帰ってこないときだけです。それも、ぼくが「お母さんとセックスしたくてたまらないんだ」といわ
なければさせてくれません。お母さんは「○○君がとてもつらそうだから、お母さん、しかたなくしてあげているのよ。」といって母さんの方からセックスしようなんていいません。ぼくは毎日でもお母さんとセックスしたいのですがお母さんはさせてくれません。
それにお母さんがセックスさせてくれるのは夜だけで、ぼくが学校から帰ってきた夕方なんかにセックスしたいといってもさせてくれません。ぼくが、どうしても我慢できないというと、お父さんがお風呂に入っているときや、ビールを飲んでこたつで寝ているとき
に、ぼくの部屋で手でしてくれるだけです。
ぼくは「お母さん、お願いだから口でして」といっても、「わがままいわないの」といってしてくれません。お母さんはAV女優みたいにエッチにはしてくれないで、なんだかマッサージをするみたいにぼくのおちんちんをさわります。でも、お母さんの指は細くて、長くて、とてもきれいで、お母さんの指がぼくのおちんちんをこすっているのを見ているだけで射精してしまいそうになります。
お母さんはほとんどマニキュアとかしないので、してくれたらもっといいのにな、なんて思ったりします。最近、お母さんはおちんちんの棒だけじゃなくて、袋の方もさわってくれます。お母さんの少し冷たい手で袋をモミモミされるのはとても気持ちいいです。お母
さんはぼくのおちんちんをさわりながら「男の子ってほんと大変ね」といいます。お母さんに分かってもらえるなんて思っていなかったので、とてもうれしかったです。
お母さんが、ぼくのおちんちんをこすっている間、ぼくはお母さんの髪をなでたり、ほっぺたをさわったりします。お母さんは「こら、いたずらしないの」となんだか恥ずかしそうに笑いながらいいます。でも、「止めなさい」とはいわないので、ぼくはその間ずっ
と、お母さんの髪をなでたり、ほっぺたを触ったりします。一番好きなのはお母さんの耳の下や首のところで、とってもすべすべして気持ちがよくて、お母さんもなんだか優しい声で「止めなさい」というけれど、怒ったりしません。ずっとこのままでいたいけれど、
お母さんの手はとても気持ちよくてぼくは3分ぐらいで射精してしまいます。やっぱり本物のセックスと違って物足りないけど、お母さんにおちんちんをさわってもらって射精でさせてもらえる人なんか少ないのでぼくは幸せだと思います。
お父さんがいない日でもあまり変わりません。お母さんからセックスしようなんて絶対いいません。ぼくは一日中セックスのことで頭がいっぱいなのですが、お母さんはセックスのことには全然興味がないみたいです。ぼくは一日中お母さんとセックスしたり、一緒
の布団で寝たり、お母さんに甘えたりしたいのですが、お母さんは怒ってさせてくれません。先週のことですが、部活で遅くなり、6時ごろ家に帰ったらお母さんは台所で夕飯の準備をしていました。その日はお父さんはまだ家に帰っていなかったのでぼくは思わずお
母さんに後ろから抱きついてしまいました。この日はお母さんは機嫌が悪かったのか、ぼくを振りほどくと、「何するの!」といってビンタされました。
でも、お父さんのいない日は、夜10時ぐらいに「お母さん、したいよ」というと、「二階で待ってなさい」といいます。お母さんとセックスするのはいつもぼくの部屋で、他のところではしたことがありません。「お母さんの布団でしたいよ」とぼくがいっても、お母さんは「だめよ、何かあったら大変でしょ」といってさせてくれません。でも、ぼくはいつかお母さんの布団でセックスしたり、一緒に寝たりしたいと思います。
部屋に入ってくるとお母さんはベッドに座り、キスをしてくれます。お母さんはぼくの口の中に舌を入れてくるので、ぼくもお母さんの口の中に舌を入れます。ぼくがお母さんのおっぱいをトレーナーの上からさわっているとお母さんは自分でトレーナーの上を脱
ぎます。そして、お母さんは「○○君がはずして」といってぼくにブラジャーをはずさせてくれます。お母さんはいつも肌色のブラジャーしかしていません。ぼくは、初めてのときより上手にはずせるようになりましたが、お母さんの背中に手をまわすときにはお母
さんのいい匂いがして思わずおっぱいに顔をこすりつけたくなってしまいます。我慢してブラジャーをはずすと、ぼくは思いっきりお母さんのおっぱいを吸い付きます。お母さんのおっぱいは大きくありませんが、とても柔らかくてすべすべしていてずっとこうしてい
たいくらいです。ぼくがおっぱいに夢中になっている間、お母さんは片手でぼくの頭や背中をなでてくれて、もう片方の手でパジャマの上からおちんちんをさわってくれます。その間お母さんは目を閉じて上の方を向いて、ぼくがときどき乳首を吸ったりするとハアと
声を出したりします。
しばらくするとお母さんは「もういいでしょ。」といって、ぼくのパジャマの上をぬがせてくれます。そして、ぼくをパジャマのズボンとパンツをぬがせてくれると、お母さんは持ってきたコンドームをぼくに渡してつけさせます。お母さんは、お母さんがコンドームつけなくていいというとき以外は絶対にコンドームをつけさせます。最初は面倒だったし、コンドームをつけていると、お母さんの中に入ったとき、つけないときよりも少し物足りないし、お母さんの中に射精しないとお母さんと完全に一つになった気がしないので
出来るだけつけたくないです。でも、お母さんはつけないとダメというので、しかたなくつけます。最近はだいぶつけるのが上手になって、自分でうまくできるようになりました。最初のころはお母さんがつけてくれていたのですが、ぼくはそれだけでもう射精してしまいそうになりました。
コンドームをつけ終わると、お母さんも自分でトレーナーのズボンとパンティーぬぎます。そして、ぼくをベッドに寝かせて、ぼくの腰のところにひざをついて、肩のところに手を置いて上に乗ってきます。お母さんは右手でぼくのおちんちんをつかむと、先っちょ
をお母さんのあそこにこすりつけます。お母さんのあそこはもうヌルヌルしていて、とても熱くて気持ちいいです。お母さんは「○○君、入れるわよ。」といってゆっくりとお尻をおろしていきます。
ぼくの頭は枕の上に乗っているのでぼくのおちんちんがお母さんの中に入っていくのがとてもよく見えます。まだ、お母さんのあそこはさわらせてもらったことがないので、どんな風になっているのかよく分からないのですが、お母さんの毛が一杯生えたあそこの割れ
目のくちびるのような中へ入っていく様子はとってもエッチで、本当にお母さんの体の中に入っていくんだなという気がしました。
お母さんの中はとっても熱くて、ヌルヌルしていて、中で手が動いているみたいにぼくのおちんちんを包んでくれます。今までお母さんには、手でしてもらったり、口でしてもらったり、ふとももの間にはさんでしてもらったりしたけれど、やっぱりお母さんの中が
一番気持ちいいです。コンドームを着けているとちょっと物足りないけど、それでもお母さんの中が一番です。
お母さんは最初、ぼくの上に、馬にまたがるようなかっこうでお尻を動かしていますが、しばらくすると体を前に倒してきて、ぼくの背中に腕をまわして抱きしめてくれます。ぼくの顔はお母さんのおっぱいに押し付けられて、とっても気持ちいいです。ぼくはこん
な風にお母さんとセックスするのが一番好きです。お母さんがぼくの上に乗って、ぼくを抱きしめながら、お尻を動かしてくれているときなんかは、もう言葉ではいえないくらい幸せです。お母さんとぼくが一つになって、お母さんに包みこまれて、ぼくがお母さんの
中へ吸い込まれて入ってしまうような感覚です。
この間、お母さんとセックスしているとき気づいたのですが、ぼくの部屋の机には鏡が置いてあって、ちょうどベッドで寝ていると、セックスしているお母さんとぼくがはっきりと見えます。自分とお母さんがセックスしているところを外から見るのは初めてなの
で、とても興奮しました。ぼくよりもずっと背の高いお母さんが、ぼくの上にまたがって、AVの男の人みたいにすごい勢いでお尻を動かしているところを見ると、なんだかぼくがレイプされているみたいで、なんだかとても興奮してしまいました。
お母さんがお尻を動かし始めると1分もしないうちに射精しそうになります。お母さんの方はまだ、ぼくみたいに気持ち良くはなっていないみたいです。最近、ぼくもだんだん射精を長く我慢できるようになりました。お母さんもセックスしているうちにだんだん気
持ち良くなってきているみたいで、お尻を動かしているうちに、ハアハアとだんだん息が早くなってきて、ときどきアッといったりします。ぼくはもっとお母さんに気持ちよくなってもらいたいのですが、お母さんは「早く出しちゃいなさい。」といってものすごい勢
いでお尻を動かします。ぼくはもう我慢できなくて、「お母さん、出ちゃうよ!」といってお母さんの中に思いっきり射精します。ぼくが射精をするとお母さんの中も、ぼくのおちんちんをギュウギュウつかんでくれます。お母さんもぼくが射精するたび、ビクンビク
ンと体がふるえ、アッアッと声を出します。
ぼくの射精が終わり、おちんちんがしぼむとお母さんは、ぼくの上からおりて、コンドームをはずしてくれて、おちんちんをティッシュできれいにしてくれます。射精してからすぐにおちんちんをさわられると、たまらないくらいくすぐったいのですが、お母さんは
「じっとしてなさい」といってやめてくれません。ふき終わると、お母さんは、着ていたものと、ぼくの精子の入ったコンドームや、精子をふいたティッシュなどを持って、ぼくの部屋を「おやすみなさい」といって、出ていってしまいます。ぼくは、セックスの終
わった後もお母さんと一緒にいたいので、「お母さん、一緒に寝ようよ」といっても「もう子供じゃないでしょ」といって聞いてくれません。
もう、初体験のときからお母さんとは11回もセックスしましたが、まだお母さんが上に乗るセックスしかしたことがありません。AVみたいに、ぼくがお母さんの上に乗ったり、お母さんの後ろからするようなセックスもしたいのですが、お母さんは「まだダメ
よ」といってさせてくれません。それに、まだお母さんのあそこをさわったり、なめてみたりしたいと思っているのですがそれもさせてくれません。でも、やっぱりまだぼくがお母さんが気持ちよくなるまで射精を我慢できないのがいけないと思うので、がんばってお
母さんを気持ちよくさせてあげたいと思っています。
ご意見ありがとうございます。 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月11日(水)23時29分13秒
傍観者様、近親相姦は妙味様、ご意見ありがとうございます。
僕は正直に言って、母を愛しているかどうかわかりません。確かに、痛いおもいをしてまで手淫にふけった後、嫉妬しました。でも、その嫉妬も曖昧なものかもしれません。
母の、身も心も弟にとられたことは、兄弟間での唯一無二の共用者(物)ですらとられたのですから、ずっと求めていた愛情もたたれ、あきらめもありました。
僕は、子供のころから(小学生くらい)異性への興味があり、思い付くこともいろいろしてきました。
僕意識していたのは親戚の叔母で、射精はなかったけど、叔母を思っていじくっていました。
だから、僕にとっての女性は第一は叔母で、母はついでの位置でした。
家では、兄弟間のできごとは全て弟に優先され、叔母のところへ家出をしたこともあり、
僕にとっての母親とは、某アニメで言うところのゲン○ウと同じ存在です。
母への思いは薄れたものだったのは事実ですし、期待というか望みをもっていたのも事実だったので、自分を正当化できないし、悪く言えば自分からアピールすることのない臆病者そのものです。
必要以上に甘えるとか、力にものをいわすとか、アピールを考えましたが、結局は据膳で何もできないままで終わっていました。
臆病者の僕は、自分を正当化するため普通の兄・息子でいましたし、世間には愛想をまいていました。
事を荒立てずに、すまそうというこんたんです。
お二人様のおっしゃるとおり、母を犯してしまい、オスとメスの地位関係を作るのも一つの道ですね。
でも、愛情もほしいんです。母子間での愛情がほしいんです。
それが第一条件であり、体は女性への手がけなんです。
優柔不断で臆病者の僕は、そろそろ限界です。
年も25歳ですし、まっさらで生きるのも人生かなと考えることもあります。
悩んだあげくの答えは、いずれにしても出さなければなりません。
ハゲになった借りも返したいですし・・・。
ともかく、今日(11日)新たな展開があったので、過去よりも今を告白します。
ご意見ありがとうございました。
好機は誰にでも公平に微笑む 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月12日(木)01時35分30秒
今日11日は、三人共休日だった。
朝、7時に目を覚まし、朝食をとるために弟の部屋に行った。
用意はされていたが、母が僕を見るやいなや、微笑んだ。
そして、「今日はお休みだから、二人でお出かけましょう」と言った。
僕は、きつねにつままれた思いをした。すぐさま理由を聞いた。
「N君いないの・・・たまには、二人ででかけるのもいいでしょう?」
理由になっていない。再度聞こうとしたとき、母の目が赤くなっていたのに気がついた。
僕は、泣いたと思った。微笑んだのも、作り笑顔だとおもった。
弟や、母が泣いたことなんてうざったかったが、赤い目の理由だけは聞いてやった。
やっぱり泣いた。理由はこう・・・。早朝に弟から電話があり、月末まで家に帰らないとのことだった。
つまり、会社を休んで遊びほうけるということ。
僕は、昨夜から弟がいないことを、初めて知った。
弟は、昨年4月に入社したばかりで、有給とか特別待遇なんて、ありはしない。だから欠勤扱いになる。
母が泣くのは、父との一件いらいだが、以前も弟のことで何回か泣いたことがあった。
高校のダブり2回のときと、喧嘩ざたのときにである。
母からすれば、世話のかかる坊やであり、出来の悪い子ほどかわいいそのものが、弟だった。
僕は、また泣かされたかとため息をつき、一応慰めた。
「母さん、出来の悪い子ほどかわいいっていうだろ・・・ほかっときなって・・・」
いつもなら、泣いた後に僕にやつあたりするのだが、何もせず僕に微笑んでるだけだった。
僕は、かまわず食事にはしをつけた。ご飯と、おかずを交互に食べる。
母が、口をもごもごさせながら、僕の目を見ていることにきがついた。
僕は気持ち悪くなり、文句をいった。
「気持ち悪いな・・・見てんじゃないよ・・・」
すると母は、「ごめんなさい」といった。
この時なぜか、心がこもっていたと感じた。
そう感じたとき、初めてまのあたりにしたときや海の公園でのこと、かくれての今までの情事を思い出し、ハゲまで作って悩まされた借りを返そうと思い付いた。いや、子供のころの扱いもだ。
幸いに、弟はしばらく帰ってこない。とりあえずは、母だけでも借りを返してやろうと思った。
弟には、母への復讐しだいでは、力でねじふせてやることも考えた。
今まで、ひくつに媚びていた自分に情けなくなくなったが、借りを返すにはいましかないと思い、とにかく二つ返事で、今日一日、付き合ってやることにした。
夕方まで映画を見たあと、早い夕食をすませ、デパートでショッピングをした。
宝石売り場に来たとき、ふと思い付いた。
女は、光り物に弱い。心を傾けさせてやろうとおもった。そして、母に指輪を買ってやった。
ピンキリだったが、復讐するのにダイヤを買ってやる云われはない。
珍しく琥珀があったので、それを買ってやった。
母は、喜びありがとうといった。
気持ち悪かったが、たかが2万円の出費。味がついて面白くなった。
売り場を出て僕は、調子こいて母の手を握ってやった。母の手が優しく感じた。
感じたけど、この手が弟の欲望に応えていたと思うと、むかついてきた。
だが、今は平静を装い、期を熟すまで我慢した。
母は、手を強く握り返し、僕を引っ張るように歩き出した。
僕も、いっしょについて歩いた。
長くなってしまったので、日をあらためて告白のつづきをします。
この内容について、意見がありましたら、遠慮なくいってください。
便利でいいよね 投稿者:なお 投稿日:02月14日(土)03時41分20秒
近親相姦って、お互い都合よくていいですよね。なんというか、おたがい肉欲のためにセックスをするだけの関係って。恋愛感情から生まれた関係は時に非常に煩わしく思いますが、近親間のお肉な関係はお互いを一から確認していく作業を省くことができますし。
それに、やりたいときはすぐそばにお肉がいるのだから、時間もお金もかけないで、お互いピュッピュッてできるし。
僕も姉妹がいれば、楽だったのにな~。身近な人間で性欲を満たせることができる人が、羨ましいッス。
あと一ヶ月 投稿者:キタキツネ 投稿日:02月14日(土)10時10分21秒
タイムリミットが近づくにつれ、妻と息子の行為は激しくなってきた。
息子は朝起きると、キッチンで朝食の用意をしている妻を犯すのが、日課となっている。
愛撫もそこそこに流し台に手をつかせ、バックから犯すのだ。
たまに、息子が終わった後、私も同じようにすることがある。
一つだけ違うのは、私はオマンコにたっぷりと精子をそそぎ込むということだ。
妻も承知しているのか、家にいるときはほとんどノーパンノーブラでいるようになり、家のいたるところでセックスをするようになった。
この前など、横になってテレビを見ている妻の後ろから、息子が抱きつくようにチンポを挿入したかと思うと、そのままピストン運動せずに、ねちねちと乳首とクリトリスを愛撫し続け、ついに2時間ドラマを見切ってしまった。
このときばかりは妻も、最後には声を上げて絶頂に達していた。
それ以来、テレビの前は広くあけられるようになった。
※ このシリーズの最初から感じていたんですが、息子にとってこの父は邪魔以外の何物でもないんじゃないでしょうか。今さらですが。
母に弄ばれてるかも・・・ 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月15日(日)03時12分52秒
好機は誰にでも・・・の続きです。
それから、デパートだけでなく、アーケード街も歩きまわった。
何気なしに時計を見れば21時。僕がいかにこの--お出かけに--惑わされてしまっていたか、思い知った。
二人だけでという甘いものに、漬かってしまって自分を忘れていた甘さがありました。
それから僕は、母を陵辱するシナリオを簡単にまとめ、実行にうつした。
母に「もう帰ろう」って言って実質二人だけになりました。
部屋に戻って一息ついた後母は、「たのしかったね」とか「久しぶりにのびのびできたわ」とか、一人だけもりあがっていた。
シナリオ定番の酔わせるつもりで僕は、母の好きな日本酒をついでやり、塩もよういした。
母は、「あなたもつきあいなさい」といったので、しかたなく僕ものんだ。
何杯かのんでいると、母が甘えるような口調をはじめた。
「あなたは、何もしない子ね・・・。でもぉ、おちついててたよれるわぁ・・・」と言った。よく、心に無いことを
言えるものだとあきれたけど、この状態に乗じ、ためらいなく母を押し倒した。
それからはシナリオは勝手にそっていくので、思い付くまました。
母にまたがり顔をちかづけ、「母さんは、僕のことなんてわかっちゃいないよ。わかってたら、マヌケなテツなんてふまないよ。僕に、白昼どうどうセックスを見せてくれないからね・・・」と、言ってやった。
僕の言葉に、母の顔は恐い形相に変わった。
僕はひるむことなく言い続けた。「Nは、体を許してでもかわいいのか?」「あいつの、くさい汁をオマンコに入れてもかわいいのかよ!」と汚いく言ってやった。すると母は表情をかえ、泣き出した。
僕は脅しと思ったけど、本物だった。
泣きながら、弟とのことを言い訳し、終いには「抱いてよ。あの子がいなくてさびしいのよ。そばにいてくれるなら、だれだっていいわ・・・」といったので、僕は切れた。
母にしてみれば、善ぶるよりは悪ぶっても、そばにいて男の存在を意識させたほうがいいのだと思った。でも、それについては手後れ。
弟の方が、側に長くいたし、母は僕を遠ざけていた。「こんなの有りか!?。」と思ったから、僕はすすんで切れてやった。そして、望むどおり母を犯した。望だけあって、抵抗はなかった。
僕は、裸になるよう命令し、自分も裸になった。そして、弟の万年床に寝かせ、足を開かせました。
母は、すでにオマンコを濡らしていた。
黒ずんだビラを開き、恥豆も尿口も膣口も曝け出していた。
僕は前戯することを無視して、しなったままのチンポを挿入した。
勃起していないにも関わらず、母は悶噎を漏らし、両足を腰にからめてきた。感じてると思ったけど、芝居か本当かわからなかったので、とりあえず乳房からむさぼった。両房を揉みながら、乳首を交互にしゃぶり、噛んだり吸った
りしていると、どんどん乳首が延び、とてもかたくなっていった。
でも、母は悶噎を漏らすだけで、すすんですることはなかった。
「おい。自分だけ楽しんでんじゃねーよ。チンポをくれてやってるんだ。あいつみたいに、精液ほしかったら立たせろよ。」僕は、再切れして、汚い言葉を吐きつけてやった。すると、オマンコが締まりだし、なえながら入れたチンポを勃起させるほど、程よい締め付けをしてきた。自然とチンポを出し入れしてしまった。
こんなつもりじゃなかったのに、もっと嬲ってから、母が哀願してから出し入れしてやろうと思っていたのに、思いっきり腰を打ちつけてしまった。すぐさま出そうになり、チンポを抜こうとしたけど母は放してくれず。そのまま膣内射精してしまった。
一回目の射精で、勢いよく深いところに飛ばした。不本意だったけど、とても気持ちよかった。
のけぞっていた僕は、射精か止まると母の胸にうなだれた。クッションのようで気持ちよかった。復讐なのに、優越をあじわってしまった。
このまま優越にひたっているわけにはいかず、僕は状態を起こそうととすると、母は背中に手を回して、力いっぱい抱きしめてきた。
僕は、主導権を取られると思い、怒鳴った。「きやすくすんじゃねーよ!」
けど母は、少しもひるまず、キスを求めてきた。
「キスして・・・」
「離せよ!。あんたは、犯されてるんだぞ!!抵抗してみろよ」
僕が再び怒鳴ると、今度は、オマンコを締め付けてきた。そして、だんだんきつくなってきて、チンポがいたくなって僕はたまらず、暴れて抜こうとしたけど反対に締め付けられて、思わず、「ごめんなさい」と謝ってしまった。
すると、締め付けは緩み、母がゆっくりと尻を揺らし始めた。膣壁がチンポをさすってくれるみたいに動き、なえかけから再び再起動をはじめた。
母は、吐息交じりで言った。
「はあっ・・・Kくんのチンチン、右曲がりね。それも上にすごく反ってる・・・いつのまにか、立派になって・・・」
僕は、自分のチンポの形を指摘され、どきっとした。
家を出てから、誰にも見せたこと無いのに、母は入れただけでサバっと言うから恐い。
僕のチンポは、あまりいばれたものではなかった。長さは18センチぐらい、右利きのくせに右曲がりで、ひん曲がってるといってもいいぐらい上に反っている。そのためか亀頭は急角に下へ向いている。ちょっと、劣等感がある。
僕は、劣等を隠すため母の口を塞いだ。
軟らかかった。
自分の唇をつたってわかるぐらい,柔らかった。
母が、こんな柔らかい唇をしてたなんて・・・。
ずっとつけたままにしていると、母の舌先が僕の歯茎をなめてきた。変な気分だった。
負けずと僕も舌を出すと、今度は絡めてきた。
何だか、気持ちよくなってきた。僕は、オマンコよりも、母の口を貪りのめり込んだ。
舌を絡めたり、互いの歯茎を愛撫した。唾液を送り込んだり、母の唾液を飲んだりした。
なぜか、母が愛しく思えてきた。自分の中で、母を犯すから抱きたいに変わっていった。目的である陵辱することを忘れ、反対に母の抱擁に押されてしまった。
僕はキスを止めると、母に弟とのこと聞いた。
「Nとは、いつからなの?」
視線を逸らしながら応えてくれた。
「あの子の誕生日・・・」「誕生日って、いつの?」「去年よ・・・」
「それから、ずっと?。」「不規則よ。ガールフレンドいるでしょ。できなかった時にだと思う・・・」
僕は、続けて膣内射精のことを聞いた。
「何で、膣内射精を許してるの?妊娠しちゃうよ・・・」「危険日は、さけてたわ・・・」
「失敗したら・・・」「失敗したら、おろされるわね」
母は、淡々と応えてくれた。でも結果は、弟を受け入れていたことは変わりないから、僕には母がどう応えようと許
せない。
僕は、弟を愛しているかきこうと思った。思ったが、恐くて聞けない。喉まできているのに、本当に母を取られそうで恐い。母の想い次第だから・・・。
僕がくつごもっていると、母のほうから言った。
「私はただ、男をもとめただけ。あの子は、私に女を求めてるだけよ。あなたは、あの子に嫉妬してるから、こんなことしたのよね。私のこと憎い?。N君のこと憎い?」
僕は、陵辱の真意を聞かれたので、答えた。
「母さんは、いつだってあいつだけを可愛がってた。僕だって、母さんに甘えたかった。なのに、父さんやばあちゃんは、僕を親戚のところへ連れて行き、そこで生活させた。僕が、本当に家に戻ってこれたのは、15歳のときからじゃないか・・・。僕は、母さんが迎えにくるのをまってた。」
「でも、もうどーでもよかった。だって、叔母さんが、優しくしてくれたもん・・・それに叔父さんも・・・」
「僕の初恋は、叔母さんだよ。叔母さんをセックスの対象にして、ずっとオナニーしてた。」
「母さんなんか、よそのおばさんだよ。今まで、愛想よくしてたのは点前だけ・・・」
「憎くはないさ。僕の知らないところで、いつまでもあいつを甘やかしてる母さんが許せない!それに甘えるあいつは、もっと許せない!」
本音を言ってやった。でも、少しだけ嘘をついた。まだ、母を求めていたことを・・・。罪悪感にかられた。復讐してやろうとしてたのに。その最中なのに、臆病風に吹かれてしまった。無性にこの場から逃げたくなった。でも、母の手と足は、僕に絡まったままはなさない。
僕は、「あいつの代わりじゃない。あいつに関係なく、母さんを犯してるんだ」と言って、再び腰をふりはじめた。
母も応えるように、悶噎を漏らした。
「あっ、あっ、あっ・・・」
刹那気で悩まし気な母の声。
悶えるたびに、腰に力が入る。男を受け入れ、恥汁が溢れる。
僕の耳には、悶えとぶつかりあう肌の入ってくる。
母を犯しているのに、犯しているのに悲しくなってきた。報われていない自分に悲しくなった。体は、母を犯しているのに甘えたくなった。
僕は、本音とか点前とかどうでもよくなり、叫びながら腰をふった。
「母さん・・・母さん・・・母さん・・・」
母も応えるように、僕の名を叫んでいた。「K・・・K・・・K・・・」って・・・。
叩き付ける腰と、揺さぶる尻。かき分けるチンポと食いつくマンコ。
僕は、母のオマンコを、膣も子宮も僕の精液で汚し貪ることに集中し、先のことは何も考えなかった。
母の悦楽顔が左右にふられ、「いっ、いやっ・・・」と鳴いたとき、僕は精弾を放った。
吐き出される僕の欲望は、母の一番奥を目指して旅にでる。
胎内に、二回目の射精をした僕は、それからのことは何も憶えてなかった。
※ この微妙な心理描写と展開は特筆すべきものですね。。憎い、悔しい、惨めだけど甘えたい、自分だけの母であって欲しい。複雑な思いのたけがよく出ています。
ひさしぶりです。 投稿者:としのり 投稿日:02月15日(日)22時38分17秒
最後に書いてから もう2ヶ月以上たちますが、 ママとの関係
は 相変わらず続いています。 詳しい事が知りたい方は、 過去
のログ(11月)の「としのり」のところを読んでみてください。
2月4日のぼくの誕生日に ママとはじめてアナルセックスを
しました。 きっかけは ママが 誕生日プレゼントにアナルバイブ
を通信販売で ぼくに買ってくれた事です。 ぼくは最初、 それが
何なのか さっぱり分からなかったのですが、 ママは ぼくに
お尻を突き出すように言い、 その後それを いきなりぼくのアヌス
に挿入しました。 すごくびっくりしたし、 恥ずかしかったんですが
ママは バイブを色々な方向にゆっくり動かしながら、 ぼくの
ペニスもしごいてくれたので、 天にも昇るぐらい気持ちよくなり
3分ぐらいで射精してしまいました。 そしてママはぼくに
「ママのアヌスも気持ちよくさせて」 と言いました。 ぼくは
以前からママのアヌスを舐める事が大好きだったんですが
その日は思いきってママに 「ママ、 ぼくママのアヌスで出したい」
と言いました。 ママは 何も言わずに微笑んで、騎乗位で
アナルセックスをしてくれました。 凄くよかったです。 それ以来
3回アナルセックスをしました。 これからも ママと色々な事に
挑戦したいと思います。 妻とはまだ離婚してませんが、 週に
2日ぐらいしか家にいません。 ぼくとママとの関係にも 気付いて
いるとは思いますが、 ぼくは気にしません。 今日は これから
もう一度 ママと愛し合う予定です。 それでは。
結論が早くなるかもしれない 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月17日(火)00時56分26秒
僕はこの日、今までに無い不安にかられた日になった。
母と関係をもった日から、2日たったのだけど、母との関係はきまずくなっていた。
食事を作ってくれたり、洗濯をしてくれるものの、母からはなにもはなしてくれない。
僕から、積極的にはなしかけても、応えてはくれなかった。
服の上から、尻を触ったり胸を揉んだりしても、相手にしてくれなかった。
首筋をなめたり、スカートの中に手を入れ、パンティーの上からオマンコを触っても、反応してくれなかった。
これは、完全な無視だった。あんなに応えてくれたのに。
僕は、焦った。
あの夜、互いに淫行に溺れていた。冷静にいくつもりでも、結局はなってしまった。
今、冷静に考えられる時間がある。
考えれば考えるほど、不安と後悔が膨れるばかり。やっぱり僕は、臆病者である。
何を考えているかわからない母に、脅えている。
仕事の最中、母のことを考える。トイレのなかでも、通勤途中でも・・・。
食事中も、ベッドの中でも・・・。
いよいよもって、一人でいきるのか、弟が帰るまでこの状態にあまんじるのか、
逆に責め続けるのか、行きついた時点で答えを出さなければならないのはかわりなかった。
すこし、結論が早くなるかもしれない。
終わりのない女のセックス 投稿者:キタキツネ 投稿日:02月17日(火)08時31分38秒
妻が私のチンポをくわえ、舌で尿道口を突っついている。
その妻の尻を息子が舌で責めている。
息子がなめやすいように、妻は背中をそらせオマンコを突き出している。
もう、かれこれ20分は経っている。息子も頑張るものだ。
妻はいきそうになったのかチンポをくわえるのをやめ、私の手を乳房にもっていった。
妻はオマンコをなめられるだけではいけない女だ。
妻をいかせるにはクリトリスと、左右の乳首の三つを責める必要がある。
息子も妻がいきそうなのがわかったのか、手のひらをオマンコにあてがい、小刻みに動かしてクリトリスをこすり始めた。
私に指で乳首をいじられ、息子にクリトリスをこすられ、かすかにうめいて絶頂に達した。
妻はこの頃、”イク”ときに声を出すようになってきた。
ある日、そのことを妻に聞いてみると、
「なんだか、すごく感じるようになったみたいで、死ぬほど気持ちいいの。自然と声が出ちゃうのよ」
と、すっかり息子に性感を鍛えられたようだ。
息子は妻を仰向けに寝かせ、またオマンコに顔を埋めた。
クリトリスを包皮から露出させ、舌でもてあそんでいる。
私も乳房を揉むようにしては乳首をつまんだり、舌で転がした。
妻は私のチンポを握りしめ、また絶頂を迎えた。
女のセックスにはきりがない。
そのあとも、私と息子のチンポにつらぬかれ、快感をむさぼり
尽くすように絶頂を味わい、ようやく終わった。
二週間目、朝きがついた。 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月19日(木)22時03分18秒
母を犯した日から、一週間がたった。
今日からは、二週間目。相変わらず、母からかわされてしまう。
でも、一つだけ変わった事があった。
僕は、朝風呂派なので、出勤する前には、かならず入浴する。
夏場は、上りはなでからだを吹いて服を着るが、冬は浴室で吹いてから裸のまま、母のいる部屋に入る。
僕はこの部屋で、食事したり着替えたりしているので、この時はほとんど母といっしょです。
かわしてた母がかわったというのは、タオル一つで部屋に入ると、必ず化粧をする。
別にかわっているわけではないが、化粧台の三面鏡に、服をきている僕の姿が映っているのだ。
映っている僕を見ながら、化粧していた。目線の角度からいって、絶対に僕を見ている。
今までは、気がつかなかったから、前向きに着ていたけど、後ろを向いて着るようにした。
母を犯しておきながら、チンポを見られるのが恥ずかしいというのは矛盾しているが、
やっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしい。
そしてもう一つ、シャツとかくつしたや上着にズボンなんかは、ちゃんとたたんで用意してあるのに、
パンツだけほうかってあるという感じで、用意されている。パンツだけ?。
これが、何を意味しているか、よくわからない。
敵は外にもいた。 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月20日(金)00時30分57秒
今日、帰宅途中本屋によって、近親相姦の本を探してみた。
倦怠期みたいな母との間を改善したく、勉強しようと思ってのこと。
探したがなかった。そう簡単には、手に入らないものだとわかった。ちょっと甘かった。
他に買うものはなかったから、早々と帰った。
アパートにつくと、駐車場に見かけない軽トラが止まっていた。
はじめは、他の住人の客だろうと思ってたが、頭の中をよぎる連想ゲームは、軽トラ-男-年配-母の
知人、とつながった。そして、二人っきりという言葉になったとき、僕は慌てて弟の部屋に行った。
入り口のドアを開けると、キッチンで、母の手を握り言い寄る男がいた。
母は僕に、助けを求めた。男は取り繕うとするが後の祭り。
僕は、男に対して怒りが込み上げてきた。母を、見知らぬ男に、取られたくないと思った。
中年の小汚いジジィに、母を汚されたくないと思った。
男に叩き付ける言葉が、のどまで来たとき、男は、慌てて外へ飛び出した。
僕が、男を追うとすると、母がすがってきた。
「まって!まって・・・いっしょにいて・・・。恐いの、恐かったの・・・。」
母は、その場に座り込んでしまい、泣きそうになった。
僕は、男を捕まえて、半殺しにしてやろうと思った。思ったけど、すがる母が心配になった。
母に乱暴しようとしていた男を、ぶん殴ってやりたかったが、今は、男の行為に脅えている母を一人にはできず、一緒にいることにした。悔しいが、母のほうが大切だった。
外では、走り去る車の音がした。今度みつけたら、必ずぶん殴ってやる。
僕は、母を抱きしめ慰めた。「大丈夫。僕がいるから・・・。母さんに、乱暴させない。僕が、守ってあげる。」
母のほうからも、僕の背中に手を回してきた。そして「ありがとう。ありがとうね・・・」といった。
僕はこの時、ふるいたつものを感じた。
母を守ったという、充実した感覚を味わった。男として、女を守ったという充実感。
僕が、今まで味わった仕事や遊びでの充実感とは、比べ物にならないぐらいのものだった。何だか、僕も泣きたくなった。これが、男泣きだと思う。母を守ったという・・・。
僕は、母が落ち着くまで、ずっと抱いていた。男でも女でも、不安にかられたとき、抱かれると落ち着けるものだと聞いた事がある。たしか、誰かの受け売りだ。
抱き合う僕と母。子供のころ、母が抱いてくれる事はなかったのに、今は抱き合っている。
復讐抜きにして、こんなことは始めてだった。
さっきまで、母を怖がらせる事があったのに、なぜかうれしい。このうれしさに理屈なんて無い。
結果的にだが、母が弱い人間である事がわかった。もう、復讐なんて、どうでもいい。
僕の気持ちはあの時、全部吐き出したはず・・・。復讐のため、乱暴した僕を、僕に助けを求めた。
母は、僕を必要としている。弟が帰ってきたら、母の態度は変わるかもしれない。でも、母は今、僕を必要としている。そう思う。
勝手な思い込みだが、母が求める以上、僕は応えてあげたい。
母の、儚げな姿を見た僕には、充分すぎる勇気だと思う。
でも・・・でも、体は正直で、母の豊乳の感触に、勃起していた。
こんな時に、情けない。
母が落ち着きを取り戻し、食事の用意をしてくれたのは、22時をすぎていた。
食事中に会話はなかったが、母が時々上目遣いで僕を見ていた。
僕は鈍いから、これが何を意味するかはわからない。でも、母の仕種が、急に変わった事はわかった。
女はわからない。ましてや、母親も・・・。
僕は、「朝まで、一緒にいようか?」といったが、母はちょっと恥ずかし気に、首を横にふった。
ちょっと残念だが、今は母の気持ちに応えることにし、僕は早々と自分の部屋に戻った。
明日の朝はきっと、母が笑顔で「おはよう」と言って、迎えてくれると思う。
小さくガッツポーズ 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月21日(土)00時17分47秒
朝、母が「おはよう」って、迎えてくれた。
笑顔ではなかったが、母との関係はいい方向になったと思う。
母の、余裕の顔がそう感じさせる。
僕は、小さくガッツポーズをとった。朝から、何か調子がいい。
災い転じて福となすというか、なんというか、とにかくうれしい。
これを期に、母との関係をもっと進めたい。そして、母との時間を大切にしたい。
100%理想的じゃなくても 大切なのは心がけかも
ニアミス 投稿者:R 投稿日:02月21日(土)23時56分55秒
はじめて投稿します。ぼくの場合、母親との近親相姦をいつも思い描いています。
ぼくの母親は、自分でいうのも何ですが、美形です。体型もほとんど崩れておらず、セーターの上からでも、そのふっくらとした乳がわかります。ぼくは、小学4年のときにオナニーを覚えましたが、初のオナニーのおかずは、母親でした。
以来、オナニーのおかずのほとんどが、母親です。ただ、母親とは想像だけで、実際には、まだやったことはありません。というのも、うちの母親は特にしっかりした人間で、あまり性的に付け入る隙を与えないからです。もし、無理矢理おそっても必死に抵抗して上手くいかないと思います。ただ、こんな母親でも、もう5年以上前になりますが、一度だけですが、今から思えば、母親との近親相姦のチャンスがありました。そのころは、僕が大学生で東京で一人暮らしをしていたころですが、家庭内では祖母が倒れて入院生活を送っていました。母親は、勤め人だったので、その当時は、昼は仕事、夜は家事、合間を縫って病院での世話をしていたのだそうです。僕は東京でそんなことも知らずに、のんきに暮らしていたのですが、母親は相当、心労で参っていたようです。
母親が、「今度、仕事で東京に出ていくから、会える?」と、僕に電話で連絡したときも、「普段は仕事で東京にきても団体行動で忙しいから、あまり、会わないのに…」としか思いませんでした。
ところが、その日は、様子が変だったのです。まず、会う場所自体が母親の泊まっているホテルの下ということでした。そして、普通は仕事が終わるとすぐにその日のうちに、田舎に帰るはずの母親が、今回は、一泊よけいにホテルをとって、しかも、翌日の夕方に帰るとのことでした。僕は、電話で母親から呼び出されると、ホテルの下にあるレストランで一緒に二人で食事をしました。
そして、いつもはそんなことはないのですが、母親から積極的にビール、ワインなどのアルコールを頼んでいました。これまでは、母親と食事をするときも、普通のファミリーレストランで、アルコール無しばっかりでしたので、いつもと違う感じはしていました。会話自体も、「彼女はいるの?」という話が多かったと思います。食事が終わると、僕は、いつもならこれで別れるので、終電も近いので帰ろうと思いました。ところが、その日の母親は、「会社の他の人は今日で帰るんだけど、お母さんだけ、一日有給とってあるのよ。もう一泊だけしていくつもりなの。」と言って、「○○ちゃん、ちょっと見ていく?」と
部屋に誘いました。
ホテルの部屋を見ても何も面白くもないのに、なぜ、誘うんだろうと、僕は理解できませんでしたが、断る理由もないので、母親と一緒にエレベーターにのって、部屋まで行きました。今思えば、母子とはいえ、成人の男と女が、お酒を飲んで、深夜に、ホテルの部屋に行くというのは、目的は普通ひとつしかないわけで、この日に近親相姦にまでいかなかったことは、今でも悔やまれてなりません。きっと、この日は、身持ちの固い母親なりに、アルコールで勢いをつけて、僕とベッドインをしたかったのだと思います。エレベーターの中では、母親は、2年前に子宮ガンの手術をして、子宮を全部取り除いてしまった
こと、家族も入院していて、疲れ果てていることなどをしきりにぼやいていました。そして、そのぼやきは、ホテルの部屋の中にはいると、母親には珍しい、愚痴のようになり、しきりに、「お母さん、身も心も疲れ果ててるの…」という台詞を繰り返しては、僕を見つめていました。当時の僕にはそこまで思いつかなかったのですが、今思えば、「お母さん、身も心も疲れ果てているの…」というのは、「お母さんを慰めて…」という意味だったと思います。
また、これは考え過ぎかもしれませんが、その日はじめて知ったことではありますが、「子宮を手術で取り除いてしまった」と、母親が息子に話すことは普通ためらいがあると思うのですが、何度も繰り返し言っていたことから考えると、ひょっとしたら、「生で射精しても妊娠の心配がない。」といいたかったのかも知れません。
つまり、母親の気持ちは、今から思えば、「あなたのために、一晩ホテルの部屋をとって、明日の午後帰ることにしたから、今夜は朝までお母さんを抱いて。妊娠の心配はないから、お母さんの膣内に生で何度でも挿入してぶちまけて頂戴…」ということだったと思うのです。当時の僕は彼女もいず、オナニーするときは、いつも母親を想像していっていました。ただ、実際に母親とセックスできるとは夢にも思っていなかったので、その日の母親の態度について、理由がはっきりわからないまま、その日はタクシーで帰ってしまったのです。
その日は、結局、母親と二人きりで、午前2時まで、ただ話をしただけでした。母親は、いつか僕が母親を押し倒して、近親相姦になると胸をときめかせていたのだと思います。部屋に入ってからも、しきりにワインを勧めましたし、「もう、終電もないね…」と言ったりしていたからです。「終電がない」というのは、男と女の間では、「泊まってセックスしよう。」という意味に決まっていますが、母親の口からその言葉が出ても、当時は、その真意がわかりませんでした。 午前1時すぎころからは、母親は、意味もなくベッドに横になって、僕の方を見つめて、「泊まっていく…?お母さんならソファで寝るから…」
とか言っていたのですが、これも、今から考えると、ベッドは一つしかないのですから、「ソファで寝る」というのはその場の言い訳で、大の男と女がホテルの一室でおとなしく寝ているわけがないのです。別れて寝るどころか、実際は、ベッド中で裸で合体して、全身汗だくになるまで、お互いの肉体をむさぼりあうに決まっているのです。2時近くになると、母親は、「体が疲れて…」といって、僕に肩と背中をもませました。最後のあたりでは、ベッドの上に母親がうつぶせになり、僕が上から、覆い被さるような形で、背中から脚、そして尻もじゃっかん揉んでいるような状況でした。僕は、もちろん、股間がはりさけそうで、今にも射精するところでしたが、母親が僕とセックスするつもりはないだろうと、思いこんでいたので、一人で、早くこの場を去らないと駄目だと早とちりしていたのです。今から思えば、母親は、僕との禁断のセックスを望んでいたのだと思います。僕が抱きついても、母親は、たぶん抵抗しなかったと思います。母親の服を脱がせても、たぶん、従順に応じてくれたと思います。その日は、当然、コンドームも持っていませんでしたが、たぶん生でやらせてくれたのだと思います。残念なことをしました。最後に、母親は、「ど
うせ、毎日お風呂に行ってないんでしょう?シャワールーム貸してあげるから、汗流しなさい…」と僕にバスルームへ促しました。実の母子とはいえ、立派な大人の男と女です。酒もお互いかなり入っていました。部屋は、ホテルの部屋ですから、下宿先と違って周りに気を使う必要はありません。母親の同僚も、皆その日は帰ってしまって、僕たち母子がこの部屋にいることは誰も知りません。
母親は、「身も心も疲れたので、スッキリしたい…」「妊娠の心配はない…」「今夜は泊まっていっていい…」「シャワーを浴びてきて…」とほのめかしているのです。そして、母親はベッドの上に、寝ころび、息子が後ろから覆い被さるような体勢になっているのです。今から、思えば、母親との近親相姦の条件は完全にそろっていたのです。母親は、息子に体を預け、朝まで濃厚な生ファックを楽しむつもりだったのです。惜しいことをしました。その日は、シャワーを浴びることもなく、僕はタクシーでホテルを後にしました。下宿に帰っ
てから、母親の残香をかぎながら、一人でオナニーをしました。それ以来、母親とは、その日のようなニアミスはありません。しかし、いつか、同じようなときが来たら、その日は、遠慮なく、母親の体をいただこうと思います。
真昼の入浴 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月23日(月)00時53分10秒
昼時、食事をしながら母に、おとついの男の事をきいた。
となり町に住んでいる、悪名高きチカンの常習ジジィだった。
噂は聞いていたが、まさか本当にチカンしているとは思わなかった。
よりによって、母に手をだすとは許すまじき野郎だ。
母も噂を知っていたが、親戚の知人だったため、うかつに敷居をまたがせたと言った。
あーなった以上、母もきちっとした態度をすると言ったから、まずは一安心できる。しかし、また母を襲いかねないから、裏で手をまわそうと思う。
食事を済ませ、弟の部屋でテレビゲームをしていると、ガラス戸のすりガラスごしに、母が服をぬぐ姿が映った。
全てぬいだのか、母が「私、お風呂に入るから」といった。
僕は、「ふーん、勝手に入りゃいいじゃない」と思ってゲームを続けたが、何で、わざわざ「入る」っていったのか、不思議だった。別に意味はないのか、それとも誘っているのかわからなかったが、風呂にはいるぐらいならと、僕も服をぬいで、慌てて入った。
母との関係が、いい方向になって浅いが、僕は大胆な行動をとろうと思った。
弟が帰ってくるまで、後一週間。何もしないよりは、失敗してでもアプローチしたほうが、悔いは残らない。
ならば、実行あるのみ。
浴室の戸をあけると、母は体を洗っていた。背中まである髪をあげ、体中が泡だらけになっていた。
僕は「入るよ」って言ったが、母は何も言わなかった。ちょっとびびったが気を取り直し、「背中、洗ってあげる」
っていうと、母がスポンジをくれた。また、何も言わない。
せっかく、ギクシャクしていた状況からぬけ出せたのに、元に戻ってしまった感じだった。
僕も黙ったまま、背中を洗ってあげた。
お湯で泡を流すと、母は僕からスポンジを取り上げ、僕の体を洗い出した。
首から手、手から胸板、胸板から腹に・・・。母は一生懸命洗ってくれた。・・・と思う。
母は、片膝をついて洗ってくれた。自然と、母のオマンコへと目が行ってしまい、チンポが立ってしまった。
母も、僕のチンポに目が行った。すぐさま、僕の顔に目線を戻したが、顔が赤くなっていた。多分、蒸気のせいでほてったと思うが、そんな母がとても艶っぽく感じた。
母の手が、腹からチンポにくると、スポンジを置いて泡だけとり、素手で勃起したチンポを洗ってくれた。
石鹸の潤滑制と、母の優しい手使いが、充分すぎる気持ち良さをくれた。
ちょこっとなでれば済むのに、母は「ここは、デリケートなところだから、優しく洗わなきゃ・・・」といいながら何度もなでたりこすったりした。そして、亀頭をつままれると、僕はおもいっきり射精してしまった。
勢いよく、母の乳房にかかった。
僕は「しまった」と思って、慌ててスポンジで胸を洗った。慌てたため、手に力が入ってしまい、乳房が赤くなってしまった。母に謝る。
「ごっごめんなさい」何故か、丁寧に謝ってしまった。
母は「いいのよ」って許してくれた。そして、「つかりましょう」といって先に、湯船につかった。
僕も湯船につかった。
アパートの風呂はユニットになっていて、二人つかるには、少しせまかった。
母は苦しくなったのか、僕に「ねえ、そっちに体あずけていい?」と言った。僕も苦しかったから、躊躇わず「いいよ」っていった。すると、母は背中を向けて、体をあずけてきた。
母の腰に、立ったままのチンポがあたった。その感触が、母に伝わっているはず。けど、何も言わない。
親としての寛大さか・・・。
たまらない・・・。母と、肌を密着させている。たまらない・・・。
僕は、母の肌の感触にたまらなくなり、許しなしに母の乳房にさわった。
脇の下から両手をまわし、両房を掴む。そして、おもむろに揉んだ。母は、抵抗しなかった。それどころか、僕の
手に自分の手を重ね、一緒になって揉んでいた。
乳首を、指の間に挟んで嬲ると、「はふっ」と悶噎を漏らした。母の頭が、僕の顔の横にくる。
自然と、母の耳を愛撫した。すると、母も腰を動かして、チンポをこすってきた。
僕の鼓動は、だんだん早くなり、体中にアドレナリンが駆け巡ったともいえるぐらい、激しくチンポを押し付けた。
二回目の、射精をしそうになったとき、急に目の前が暗くなった。
僕の目が、光を取り戻したとき、母の顔があった。なんか、今にも泣き出しそうな顔だった。
体はだるく、動かす気力も無い。
僕は何故か、母に「おはよう」といった。自分でもわからない。すると、母の顔は笑顔になり、僕の頬を両手でつ
ねった。ちょっとだけ痛かった。たぶん、母は本気でつねってないと思う。
母が手を放し、顔を遠ざけると天井が見えた。
僕はこの時、自分は寝ていた事に気がついた。背中には、畳の感触がある。頭には、枕にしては固い感触があった。
僕はふざけて「ここはどこ?私はだれ?」と言うと、母がさとすような口調で、僕が寝ていた理由を教えてくれた。
「のぼせたのよ」
そう、僕はのぼせてしまった。母に、エッチなことをしていて、興奮して頭に血がのぼったのだった。
それからは、母は慌てて、僕を風呂から出して熱冷ましをしてくれていた。
僕は、母にエッチなことをした上のぼせ、迷惑をかけてしまった。
母の心も体も手に入れるどころか、反対に僕から離れてしまうような結果になってしまった。
僕は、もうだめだと思った。せっかく、母の心をつかみかけてたのに・・・。
大胆な行動が、裏目になってしまった。
僕は、謝ろうとすると母は、再び僕の頬をつねり引っ張った。うまくしゃべれない。
母は、真顔で言った。「馬鹿な子ね。お風呂の中であんなことすれば、のぼせて当然よ。おちんちんを洗ってあげたぐらいで、欲情するからいけないのよ」
僕はつねられたまま謝った。何度も謝った。母の手は離された。そして、「もういいから・・・今夜は、ここで寝ていきなさい。」といってくれた。
だけど、僕ははずかしくなって、断ってしまった。
「いいよ・・・もう、部屋に戻る」「そう、じゃあ、ついてくわ」
一緒に寝れたかもしれないのに、僕はなぜか断った。たぶん、これでいいと思う。いまの僕は・・・。
僕は、ふらつきながら、自分の部屋に戻った。部屋まで、母がつきそってくれた。肩をかしてくれ、腰をささえてくれた。この時、母の、母親の何かを感じた。親というものを感じた。この間まで、平常面を作って、心の底で母を憎んでた自分が恥ずかしい。
僕は、母親の一部を知った。まだ、母親というものが、もの自体があるはず。もっと、母を知りたくなった。
僕のことを、母に知ってもらいたくなった。もっと、もっと、もっと・・・。
母は、僕がベッドに寝るまでいてくれた。
横になると僕は、「ありがとう」といった。母は、「おばか・・・」と小声で言って、僕の部屋を後にした。
母の「おばか・・・」が心地よく感じた。
僕の、大胆不適な行動は失敗した。母にも、悪い印象をあたえた。逆戻りをしたかもしれない。でも、母親の何かを得たような気がする。気がするだけかもしれない。でも、この先どうなっても、後悔はしたくない。
あれから数時間ねた。気分も、なんとかはれた。夕食抜きで文書きはつらいが、投稿する。そして、朝までぐっすり寝る。何ゆえ?。翌日、仕事をしながら考えるとする。日曜日でよかった。
肛門への執着 投稿者:キタキツネ 投稿日:02月23日(月)15時50分57秒
妻が息子の顔にまたがるようにして、二人は69をしている。
妻は左手で二つの玉を握るようにもみほぐしながら、右手でチンポの根本を押さえ、17センチはあろうかという息子のチンポを、のどの奥深く出し入れしている。
息子はというと、左手の親指でクリトリスをこすりながら、舌で膣と肛門を交互にほじっている。とくに肛門を念入りにだ。
最近、息子は妻の肛門に執着していた。何かにつけ肛門をなめたり、指を入れようとしていた。
息子の舌の愛撫で肛門がゆるんできたのか、かなり奥まで舌が入っているようだった。
妻が思わず尻をふって舌を抜いた。
「ダメだってば!何回言ったらわかるの」
妻が息子をにらみつけた。
「気持ちよくないの?」
「気持ちいいけど、奥まで入れたらダメ。汚いから」
「別に平気だよ」
そう言う息子を無視して、チンポに手を添えて息子にまたがった。
今では妻は、私が見ていようと平気で息子とセックスを始める。
また、息子に見せつけたくて、息子の前で私にセックスを求める
ようになった。
そしていつも親子3人でのセックスになるのだった。
妻が気持ちよさそうに、夢中で腰をふりはじめた。
事前勉強かもしれないのに・・・。 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月23日(月)21時10分50秒
今日から、僕は仕事を定時終えて、帰宅する事にした。
母が心配だ。
アパートにつくと、一目散に弟の部屋へ直行。
部屋では、母がこたつに入って熟睡していた。寝言で、僕の事を言っていた。「ばか・・・たわけ・・・」
母のことだから、許すとする。
こたつの上には、カップ酒3本に、たくあん少々。
母の左手には、ビデオのリモコンがにぎられていた。
テレビもビデオもつけっぱなしで、画面がブルーバックになっていた。ビデオは巻きもどし中・・・。僕は、おもむろに巻きもどしを止め、再生ボタンを押した。
倫理に通されていない画像が出た。激しい絡みだった。多分、クライマックスだったと思う。
母が、なぜこんなビデオ見ていたか、疑問だ。
母の勝手とすれば、それにこしたことはないが、息子の(弟の)コレクションを見ていたとは、尋常でないと思う。
考えられるのは、ひまだったか興味か、自慰か・・・。
ひょっとして、セックス知識の再確認?。今更??。
僕は、不安にかられた。ひょっとしたら、母がその気になっての、事前勉強かもしれないのに・・・。
そのことよりも、母が無口に戻り、ちょっとよそよそしいのが恐い。
母に、猥褻行為をしても抵抗しなかった。エロじじいに襲われても、うろたえるだけだった。しようと思えば、僕なんか、あんなじじいなんか、護身の合気でギッタンギッタンのケチョンケチョンにできたのに・・・。ポイポイなげれたのに・・・。静かなのが恐い。
僕は、母をそのまま寝かしておき、テレビとビデオの電気を消して、自分の部屋に戻った。
今日は何もしないで、母のゴマでもすろう。それにこしたことはない。
さわらぬ神に祟りなしだ。でも、ちょさっとだけ、おいたをしたい・・・。
誰にも、邪魔させない 投稿者:阿修羅王 投稿日:02月27日(金)22時47分52秒
ついに母は、僕を受け入れてくれた。
母を犯してから数日間で、男と女の関係が成立してしまった。
今考えてみると、サクサクすすむアドベンチャーゲームのようだ。
コマンドさえ間違えなければ、最短距離でハッピーエンドになる。いま、そんな
感じである。何か、あっけなかった。ハッピーエンドなのに、ものたりないところ
もある。
本当は、母は僕をからかってるのかもしれない。
それでもいい。嘘でも、夢でも、僕と母は男と女になったんだ。ただ今は、事実
だけを貪りたい。裏切られる事があっても、それまでは母を信じたい。
この時を以下に示す。僕はあえて、この時の情事を描写しない。
1.弟のこと。
2.母と僕のこと。
3.これからのこと。
4.約束。
1弟のこと。
昨日、朝に、弟から電話があった。内容は--結婚したい女ができた。連れて
行く(連れてくる)から、そのつもりで・・・--というもの。
母は、弟の結婚という言葉で、決心したと言っていた。
これからは、弟とはセックスをしない。親と子の関係でいること。
それから、弟がおこした不始末は、自分自身で責任をとらせることも。
2.母と僕のこと。
まずは、過去の事を、土下座をして謝ってくれた。そして、僕に黙って、弟とセッ
クスしていたことも・・・。それから母は、自分の体の事と、今の気持ちを告白し
てくれた。
2-1.一人で、寂しかったこと。抱いて、寝てくれる男がほしかったこと。肉体
の衰えが怖かったこと。抱かれることで、自分自身をつなぎとめていたか
ったこと。
2-2.近親相姦という、普段では持つ事のできないモノを持ちたかったこと。
宝石よりも直に、味わえるよろこびだったこと。そのことを口に出して、
自慢したかったこと。
2-3.今まで以上に、僕に甘えてはいけないと思っていた事。このことによる、
僕の恋愛を邪魔してはいけないと思っていた事。近親相姦は罪と思い、
僕に触れさせたくなかった事。禁断という言葉に、酔ってしまったこと。そ
の反面で、僕とも関係したかった事。
2-4.夫を見切った事。嫁ぎ先を裏切った事。その事で、僕や弟に、不憫な思
いをさせてしまったこと。それら全ての事を理由に、人生の道をそれてし
まった自分を、正当化してしまったこと。etc・・・。
2-5.自分(母)を許してくれた、息子(僕)を男として見てしまったこと。一時で
はあるが、自分(母)を守ってくれた息子に感じて(濡れて)しまったこと。
その僕に、ずっと、ずっと、一緒にいてほしいと思ったこと。
僕は、2-5.でかいつまんだことが、とてもうれしかった。そう言ってくれたこと
で、僕はさらに、母を守りたい。僕の中の欲望が、一人占めにしたいと思った。
僕も母に、今までの気持ちを告白した。そして、今は母でなく、女としてT子(母)
を想っていることを・・・。
2-6.僕は、きっかけを点前に復讐をした。あの時、母さんへの憎しみはピー
クに達した。そして、乱暴した。でも、そんな僕に抵抗せず、受け止めて
くれた。
僕は、母さんを誤解していた。僕と同じように、苦しんでたと思う。僕はも
う、どうでもいい。母さんの、思うとおりにしてほしい。
2-7.僕は、母さんが弱い事を知った。母さんを、守りたいと思った。ずっと、
ずっと、守ってあげたいと思った。こうゆうのを愛してると言うのなら、僕
は、母さんを愛してる。ちがう、僕は、T子を女として愛してる。
上2つが、僕の告白だ。調子にのって、呼び捨てまでしてしまった。
自作した言葉だが、緊張していてこのとおり言えたか記憶になく、うまく伝えられ
たかも疑問である。でも、このあとの、母が言ったことはしっかりと憶えている。
「ありがとう。親を呼び捨てにするなんて、生意気だぞ・・・。でも、あなたが、あ
なたがずっと、ずっと側にいてくれるのなら・・・。あなたが、女として私を意識し
てくれるなら、このまま甘えさせてほしいの・・・。」
この言葉で、僕の頭のなかは、トロトロにとけてしまった。
そして、ブラウスの一番上のボタンを外し、僕を刹那気な目で見た。それからは
もう、互いを求め合うだけで、言葉なんていらなかった。
母は異様に興奮していて、押せ押せの勢いに、主導権を取られてしまった。そ
れからは、母の思うがままで、手取り足取り腰取りチンコ取りで・・・。深いところ
へ落ちていった。
「あの時(初めて母を犯したとき)が、はじめてよね。私が、はじめてよね?。」
って聞かれて、思わず「うん」て答えてしまった。母さん、ごめん・・・。
「私が、童貞をもらうのね・・・。リードしてあげる・・・。」
それからはもう、母のなすがままで、どこぞのガイドどおり教えてもらった。
少し、省かれた部分もあるが・・・。
後、母の感じるところとか、体位や一番始めに、愛撫してほしいところとかも教
わった。
3.これからのこと
これからは、知人の前では親子を、相手に意識させ、それ以外は男と女でいる
ことにきめた。これは、母の意見だ。反論する理由もないので、決定した。そし
て、ふたりだけで生きていく事を・・・。
4.約束
これからの事で、二人の約束を決めた。これは、とても重要と思う。
これは全て、互いの同意をえてのことだ。
4-1.離婚が成立するまで、親子でいること。セックスはOK。
4-2.弟や、外の男・女とセックスしないこと。ただし、互いの許可があれば可。
4-3.誘惑にのらないこと。
4-4.妊娠してしまった場合、互いが最大の責任をもって対処すること。
4-5.妊娠で生まれた子供は、親子・兄弟の続柄にすること。
4-6.僕に、母以外の女性に、恋愛感情を持ったとき、親子の関係に戻って、
その女性と結婚すること。(できればのこと)
4-7.どちらかが、不意の死亡にあったとき、束縛されることなく異性を求め
ること。
4-8.互いの想いを尊重し、身はてるまで愛することを誓うこと。
4-9.順次、約束は更新されていくこと。
以上が、内容をかいつまんでまとめたもの。
母が、僕を男として受け入れてくれた喜び、母親を本気で愛する者たちに、うま
く伝わるかどうかわからない。もう、この喜び、言葉では、表現しきれない。
僕と、母の気持ちが、偶然でもうまくからみあったのだ。努力する甲斐はあると
思うし、かならず報われると思う。いつでも、本気であることが大切だと思う。
この短い期間で、よくここまで進んでしまったなと思っている。去年の月末あた
りからか・・・。
とにかく、母が受け入れてくれた以上、男として責任をはたす。
本気でいれば、どんな困難だってクリアできる。負けたくはない。母の想いに、
傷をつけたくはない。想いに応えてあげなきゃ、愛は成り立たない。
二人の人生、最高に・・・。
僕は、勝者なんだ。勝って、母を手に入れた。だから、最高。
誰だって、勝者になる権利はあるはずだ。みんな、本気でいこうよ・・・。
※ という訳で2月分はここまで。
改めて明けましておめでとうございます。
お正月に1月分を、と思って始めたつもりでしたが1日ずれてしまったのはご愛敬と思って下さい。
途中で気付いたけど、1日更新を休むのも…と思い、そのままにしました。
21世紀も早20年ですね……子供の頃ははるか未来に感じたものです。
それでは明日の3月分の更新もよろしくお願いします。
お楽しみに。
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