中編「道」
- 2022/12/30
- 11:42
コロナにかかりました。
体調的には中~軽度の風邪を引いているくらいで、苦しさでいったらインフルエンザの高熱の方がずっとしんどいくらいです。
とはいえ必要最低限の外出に留めるよう自粛も求められているので、大人しく過ごします。
皆さんも(なる時はなるでしょうが)お体にはお気を付け下さい。
さて、ちょっとしんどいので簡素に行きます。
新作「道」。
直接的な母子相姦はなく、いわゆる焚き付けモノ(そんなジャンルあるのか)です。
タイトルは迷った末に若干適当に決めました。
それではどうぞ!
部屋の中は、生臭いような独特の匂いが立ち込めている。
行為後の独特な雰囲気だ。
気怠げな雰囲気の中、ベッドの脇のテーブルでタバコを吸う。
隣では彼女が裸のままうつ伏せになり、スマホを操作していた。
その時、不意に彼女の携帯電話が鳴った。
画面を見て軽く俺の方に背を向けるように電話に出た。
(どうしたの?うん……そうね……)
そんな会話が聞こえてくる。
話しながらこちらを見た彼女と目が合った。
俺は黙って(気にしなくていい)という風に手を軽く振る。
彼女は軽くため息をつくと少しして通話を終えた。
そして再び枕に顔を埋めて寝転ぶ。
灰皿に煙草を押し付けると、彼女に覆い被さり抱き締めて唇を重ねる。
舌を差し入れると彼女もそれに応えてきた。
しばらく互いの口内を犯し合うように舐め合いながら唾液を交換した後、口を離す。
彼女の名前は杉本夏美。
本人曰く「元」人妻で、今は「ほぼ」フリーらしい。
年齢は教えられてないが、40はいくつか過ぎているだろう。
出会ったきっかけはマッチングアプリだった。
最初は暇潰しか興味本意だったが、心身とも割と相性が良くて定期的に会う関係になったのだ。
ただそれだけの関係だが、お互いこのままが都合が良い。
今日もその延長線上のようなものだ。
「ねえ」
不意に声をかけられて視線を向ける。
いつの間にか仰向けになっていた彼女が両手を伸ばしてきて言った。
「もう一回する?」
その言葉を聞いて思わず苦笑してしまう。
淡々とした態度と口調に反して、夏美は性欲が強い方だ。
普段は抑えているが、一度スイッチが入るとその反動なのか凄く求めてくる事がある。
「夏美はしたいんだろ」
「……私は別にどちらでも構わないけど」
夏美は大抵肯定の時にそういう言い方をする癖がある。
生きにくそうだな、と何となく思った。
けど本人が平然としている以上、そんな説教じみたことを指摘する必要もない。
「またそんな言い方して、ずいぶんキツくないか?」
冗談半分で言うと、夏美は無表情のままで答えた。
「あなたが一番気楽だから言えるのよ」
「そりゃ光栄だ」
皮肉っぽく返す。
すると夏美は小さく溜め息をついて呟いた。
「面倒くさいわよね……人間て」
それはいつも通りの抑揚のない声だったが、どこか寂しげにも感じられた。
白けかけた雰囲気を和ませるために少し話題を変えようと試みる。
「ところで、さっきの電話は誰だったんだ?」
俺達の関係にしては踏み込んだ質問なので、何気ない話題のように聞いてみた。
「ああ……息子よ」
あっさりと答えが返ってきた事に一瞬驚いたが、すぐに納得できた。
「そういや一人息子がいるんだったっけ」
確か何度目かあった時に別れたけど元旦那と子供がいると言っていたはずだ。
「ええ、月一で面会してるんだけど、こないだ仕事で会えなかったから心配したみたい」
「へぇ、優しい子じゃないか」
軽い調子で相づちを打つと、夏美は自嘲気味に笑って言った。
「全然優しくなんかないわ。あの子は私と違って出来の良い子だし」
そう言って窓の外を見つめている姿からは、何か諦めのような雰囲気を感じた。
……別居してるってことは子供は旦那を選んだのかな。
「分からないよ。案外お前に似てたりするかもしれないし」
適当にそう言うと、夏美は特に肯定も否定もせず曖昧に微笑むだけだった。
「そうね……もしそうなら嬉しいわね」
それはそれとして、と前置きしてから彼女は続けた。
「するの?しないの?時間は有限なんだから無駄にしたくないわ」
相変わらずのマイペースな物言いに呆れつつ、俺は苦笑いを浮かべて言った。
「分かったよ。じゃあ遠慮無く頂きますかね」
そう告げると、夏美は再び妖艶に微笑んで言った。
「どうぞ。お好きなだけ」
こうして俺達は再度身体を重ねていくのであった。
事後。
「息子さんさ、今いくつ?」
シャワーを浴びてからベッドで横になっている夏美に聞いてみた。
「15よ」
15歳……高1くらいか。
「思春期真っ只中ってわけか」
「多分そうなんじゃないかしら」
夏美の素っ気無い返事を聞きながら何となく親子の距離感を想像していた。
さっきはああ言ったけれど、きっと夏美の息子は父親似なんだろうな。
そうでなければ夏美があんなに寂し気に笑う理由が無い。
まあ、他人には関係ない話だけれど。
「ところでさ」
「なに?」
ふと思い出した疑問を口にしてみる。
「夏美はさ、どうして離婚したんだ?」
別にそこまで興味があったわけではない。
ただ単に何となく気になっただけだ。
夏美は少し間を空けた後、静かに語った。
「私の浮気」
「マジで?やるねぇ」
茶化すように軽く言うが、彼女は特に反応もせずに話を続けた。
「別に珍しい話でもないでしょう?」
「……まぁ、ね」
確かに世間的に見ればよくある話なのかもしれない。
「でもね」
夏美はそこで言葉を区切って小さくため息をつく。
「相手がまずかったの」
「相手?浮気の?」
「そう」
一体誰だ?と聞こうとした時、夏美の方から先に答えてきた。
「息子の担任だったから」
「あぁ……」
そういうパターンもあるのか。
ドラマみたいな展開だ。
「どうなったんだ?その人と」
「もう無茶苦茶。相手も結婚してたんだけど、向こうの奥さんが学校に乗り込んできて職員室で大騒ぎしたみたいで」
「うわぁ……」
思わず顔をしかめてしまう。
「もちろん全部知れ渡って。学校にもPTAにもご近所にも、もちろん息子にも」
夏美はどこか達観したような口調で続ける。
「……自業自得だけどね」
「だな」
そうとしか言いようがない。
「でもね、一番ショックだったのはその前から息子が知ってたみたいなの」
「は?……どういうこと?」
意味がよく分からず聞き返すと、夏美は淡々と答えた。
「私がその担任と不倫してたこと、元々知ってたんだって」
「……」
「最初は知らなかったみたい。でも薄々気付いたらしくって」
「あー……」
「何も知らないフリしてたんだって」
夏美は天井を見上げたまま独り言のように呟く。
「何事も起きないように時が過ぎるのを祈ってたのよ、あの子は」
「健気なもんだ」
俺の言葉に息子への皮肉を感じ取ったのか、夏美はそこで言葉を切る。
「……悪い」
謝っておくと、彼女は気にしていないという風に首を振った。
「いいのよ。事実だもの」
「健気というか、むしろ聡明なんだろうな。お前の息子は」
「そうかもね」
「で、それから?」
「もちろん家庭崩壊よ。私は家を出て行ったし、夫と息子も引っ越ししないといけなくなって」
「……」
「私のせいで全てが台無しにしてしまったから、あの子の将来を考えると本当に申し訳なくて……」
夏美はそう言って目を伏せる。
(じゃあなんで浮気なんてしたんだよ)
その言葉は俺の口から出ることは無かった。
今さらそれを言ったところで何の意味も無いからだ。
「そっか……」
それだけ答えると、夏美はこちらを見て言った。
「あなたは何も言わないのね」
「何を?」
「こんな暗い話をしたのに」
「別に。人それぞれだろ」
そう答えて欠伸をする。
「……ただ」
「なに?」
「なんていうかさ、たぶん……おそらくなんだけど」
自分でも上手く言葉がまとまらないが、それでもなんとか伝えようとする。
「夏美は誰かに聞いて欲しかったんじゃないか?その話」
「…………」
夏美は無表情のまま黙っている。
俺は構わず続けた。
「だから俺に話したんじゃないのか?懺悔みたいに」
夏美はしばらく何も喋らなかったが、やがて小さく笑って言った。
「まさか。そんな殊勝な人間に見えるかしら、私は」
「ま、そこまで深く知ってる訳でもないしな」
肩をすくめてそう言うと、夏美はどこか寂しげに笑って言った。
「でも聞いてくれてありがとう。少し楽になったわ」
「そりゃ良かった」
俺はそう言って煙草を取り出すと、火をつけて煙を吐き出しながら言った。
「それでもさ。俺も少しは気持ちが分かる気がするよ」
「……え?」
夏美は不思議そうな顔で見てくる。
「俺もガキの頃に母親が男と蒸発したからさ」
「あら、初耳だわ」
「誰にも言ったことないしな」
「それはまた……複雑な心境ね」
「だからさ、夏美と息子さんのことは俺なりに応援したいなと思ってる」
そこで初めて夏美は少し目を見開いて驚いた様子だった。
「あなたがそんな事を言うとは思わなかったわ。そんな人の心があるなんて」
「失礼だな」
「冗談よ」
そう言って夏美はクスリと笑った。
「ありがとう。あなたのおかげでちょっと元気が出たわ」
「そりゃ何よりだ」
俺もそれにつられて口元を緩める。
「今度その息子さんといつ会うんだっけ?」
「来月ね。今度はちゃんと会わないと」
「ふーん…………あのさ、一つ思った事があるんだ」
「なに?」
「夏美の息子はなんで不倫を知ってたんだろうってさ」
「……さあ、どうしてなのかしらね」
夏美はどこか遠くを見るような眼差しで言う。
「いったいどうやって気付いたっていうんだ?中学生がまさか探偵なんて雇えるはずもないだろうし」
「そうね。普通ならありえない事だと思うけど」
「なにか心当たりでもあるのか?」
「いえ、ないわ」
夏美が嘘をついているようには見えなかった。
「今さら知ったきっかけはどうでも良いんじゃないの?」
夏美はいつも通りの落ち着いた声で言う。
「その浮気してた相手……担任を自宅に招いてヤッてたのを見られたとか?」
「まさか!」
夏美は吹き出してから言った。
「ありえないわよ。自宅になんて絶対に招かないわ」
「それもそうだな……じゃあどうして?どうやって母親の浮気に気付いた?」
「さあ、私には分からないわ」
夏美はそう言って静かに首を横に振る。
「違和感があるんだ……その浮気してた当時、息子さんはいくつだった?」
「12歳よ」
「だよなぁ……」
12歳の子供が母親と担任教師が浮気している現実に気付く?
どんな状況だそれ。
考えれば考えるほど分からなくなっていく。
(……やっぱりおかしいよな?)
しかしいくら考えてみても答えが出るわけもない。
数分間考え続けて、諦めかけたその時に一つの考えが浮かんだ。
「ひょっとしたら息子さんは何か探ってたんじゃないか?夏美の様子がおかしかったりとかさ」
「……確かにあり得るかもしれないわね」
夏美は納得するように何度もうなずいている。
「でも探ってたとして、息子はどうやって調べたの?」
「……たぶん」
俺は頭を掻いてから言った。
「夏美の携帯とか見たんじゃないか?お前だって息子相手にそこまで警戒してなかったろ?ロックのパスワードも誕生日とかにしてたんじゃないか」
「……言われてみると、確かに」
夏美は眉間にシワを寄せている。
「でも、なんでそこまでして……」
「そりゃあ……たぶんだけど母親を異性として見てたんじゃあないか?思春期の男子だし」
「そういうものかしら?」
夏美は怪しむような視線を送ってくる。
「あるいは逆かもな。担任と浮気するようになった夏美のムンムン色気に息子さんもあてられたのかも」
「色気?」
夏美は自分の身体を見下ろす。
顔は良いほうだが、肉体は40過ぎて年相応といった崩れ方をしていると思う。
「あるかなぁ……」と呟く夏美を見てたが、実の息子が見てどう思うかは正直よく分からなかった。
「でもまぁ、夏美は顔は良い方だからな」
「……面と向かって言われると恥ずかしいわね……けど、まさか……」
信じられないといった様子の夏美だったが、やがて大きくため息をついて言った。
「でも、そうね。そういう事もあるかもしれない」
「だろ?まぁ真相は分からんが、そういう可能性があるってことだ」
夏美は顎に手を当てて真剣に考えているようだった。
「仮に当時の息子が私に女を感じてたとしても、今はもう高校生よ?そんな事はもう忘れてるわよきっと……」
「どうかなぁ……案外覚えてたりしてな」
「やめてよ。今度会うのが怖くなるじゃない」
夏美は少し青ざめた顔をしていた。
「……むしろ逆じゃないか?覚えていた方が好都合かもしれない」
「どういう意味?」
夏美は俺の言いたいことが分かっていないようだ。
「もし息子が今も夏美に女を意識してるんだとしたら、逆に罪滅ぼしするチャンスだろ」
「……」
俺の言葉に夏美は黙り込む。
「それが本当だとしたら、息子の恋路をむちゃくちゃにしたことになるわね」
夏美は自嘲気味に笑みを浮かべた。
「そうとは限らない。男にとって初恋は永遠なんだよ」
「あなたって意外とロマンチストなのね」
「……さあな」
俺が適当にごまかすと、夏美はどこかおかしそうに微笑んだ。
「で?仮に息子にとって私が初恋だとしてもどうしようもないじゃない。むしろ変に意識されて気まずくならないかしら」
「利用してやるんだよ」
「え?」
「相手がお前に惚れてるんなら、それを逆に利用しない手はないだろ?」
「……」
夏美は無言でこちらを見つめてくる。
(なんか変なこと言ったかな?)
そう思って不安になり始めた時、夏美は小さく笑って言った。
何となく察したらしい。
「まさか……そんな事できるわけじゃない」
「なんで?」
「なんでって……相手は実の息子なのよ」
「そんな真っ当な倫理観は夏美にあったっけ?今まで俺とも俺以外の男とも散々やってきただろ?」
俺は少し意地悪な口調で言う。
「それとこれとは違うでしょう?」
夏美は苦笑いしながら言った。
「違わないよ。むしろ今までの男遊びはこのためだったんじゃないか?」
「……」
夏美は存外真面目な顔でこちらをじっと見てくる。
その夏美の表情からは俺の言うことを全て否定する雰囲気は感じられなかった。
「夏美の息子への贖罪にもなる、息子は初恋が成就する、一石二鳥だ」
俺がそう続けると、夏美は呆れたように溜息をついた後で言った。
「やっぱりあなたって酷い男ね」
「そうかい?」
「そうよ。焚きつけておいて後のことは知~らないって感じじゃない」
夏美はどこか吹っ切れたように笑うと、ベッドに仰向けに寝転がった。
「そうかもな。何がどうなろうと責任は持たないさ」
俺も釣られて笑ってしまう。
「けど罪悪感に押しつぶされて男遊びに逃げる日々はもう終わらせたいだろ?」
「……確かにそうかもしれない」
夏美は天井に向かって手を伸ばしながら言った。
「でも、あなたはなんでそこまで気にするの?」
「うん?」
「私にそこまでしてもらう義理なんか無いわよ?」
「別に夏美が気にする事じゃないさ」
俺は煙草を吸い込んで煙を吐き出す。
「俺も夏美の悲しみや苦しみは少しくらい軽くしてやりたいさ」
「……そっか」
夏美は短くそう言うと、ゆっくりと起き上がった。
「ねえ、息子は私をまだ想ってくれているのかしら?」
夏美は少し不安そうな顔で尋ねてくる。
「さあな。そこは俺にも分からない」
「ふぅん……そうよね」
夏美は小さく笑って言った。
「ほらよ」
「ありがとう」
俺は灰皿を夏美に渡すと、夏美も煙草を吸った。
そのまましばらく無言の時間が続く。
そして夏美は不意に口を開いた。
「あのね」
「なんだ?」
「あなたは私みたいな太ったおばさんを抱いて気持ち悪くない?」
俺と夏美は年齢も一回り以上違う。
けれどその分というか互いに遠慮しなくてよい気楽さがあった。
夏美が独り言のように呟いた言葉は、静寂な部屋に溶けて沈んでいく。
一瞬、答えに詰まった。
「……いや、全然」
(しまった……)
もう少し気の利いたことでも言えば良かっただろうか?
いや、今さら遅いか。
その逡巡を全て見透かしたように夏美はくすっと笑った。
少し気まずい思いをしたので俺は誤魔化すように話題を変える。
「……今どきのガキは煙草は嫌いだと思うぞ」
「知ってる。あの子といる時に吸うと嫌な顔されたから」
夏美はどこか懐かしげに目を細めていた。
「……でも、私はやっぱりこの匂いが好きみたい」
夏美はそう言って紫煙を燻らせる。
「なあ、夏美はどうして煙草を吸い始めたんだ?」
俺はなんとはなしに聞いてみた。
「……ストレス解消。夫のDVに耐えきれなくてね」
どこか遠い目をしながら言った。
「……悪いな」
「ううん。全部もう終わったことよ」
夏美は力なく首を横に振っている。
俺はその時夏美の家庭の状況が何となく分かった気がした。
(なるほどな……そういうことだったのかな)
俺は一人納得すると、煙草を消してから言った。
「夏美、息子さんに会う時はさ」
「なに?」
「ちゃんとよそ行きの化粧をしていけよ。いつも通りじゃ勿体無い」
「……ばーか」
夏美は悪戯っぽく微笑んだ。
普段はあんま笑わない女なのに。
「ああ、そうだ。ついでに服も着替えたらどうだ?下着も」
「それは……ちょっとハードルが高いかも」
夏美は苦笑いしているので、俺は思わず吹き出してしまう。
「……でも、考えてみるわ」
夏美は小さな声でそう言った。
「なあ、夏美」
「なに?」
「息子って名前なんていうんだ?」
「……裕樹よ。勇気に掛けたの」
夏美は静かに言った。
「良い名だな」
「そうね。それは私もそう思う」
夏美は満足そうにうなずいている。
「これからどうするつもりだ?」
「……そうね。とりあえず、裕樹に近々一度会ってみようと思う」
夏美は少し考え込んだ後にそう言った。
「……それで?」
「まずは息子が私に女を感じているか見極めてから……かな?」
「……そうか」
「もし、息子が私を女として見ているんだとしたら……」
夏美はそこで一旦言葉を区切ると、俺の目を見てはっきりと言った。
「受け入れるつもり」
(受け入れる、ね……)
「……そうか」
「えぇ」
「なら、上手くいくといいな」
「そうね」
夏美はどこか晴れやかな表情をしていた。
「あ、それから」
「ん?」
「あなたって意外とロマンチストなのね」
夏美は楽しげにそう言った。
「……ちっ」
「ふふ、ありがとね」
そう言うと、俺に抱きついてきた。
先に夏美が帰った後、俺はシャワーを浴びてからソファーに横になってぼんやりとしていた。
(ロマンチストか……そんなんじゃない)
(………)
(……俺は蒸発しちまった母親が今も恋しいだけさ)
(………)
「……だから顔も知らない裕樹くん、せめて君は母ちゃんと仲良くしろよ」
そんなことを独り言ちながら天井を見上げているうちにいつの間にか眠ってしまったようだ。
数日後の昼下がり、夏美から連絡があった。
『これから、会う』
その短いメールには、夏美が緊張していることがよく伝わってくる。
「頑張ってこいよ」
仕事中の俺はそれだけ返信しておいた。
あれこれ言うなんて野暮はしない。
だって、結果は何となく分かっているんだ。
数時間後、夜中になってから再び夏美から着信が入る。
「お疲れ様」
「……ん」
夏美の声は震えていた。
「どうだった?」
「……ん」
「そうか」
「……うん」
夏美は小さく応えるだけだった。
この数時間、夏美はきっと裕樹の前で母親から女になったのだ。
「うまくいったか?」
「……多分」
夏美は少し涙声になっている。
それだけ聞ければ十分だった。
「良かったな」
「……ありがとう」
夏美は消え入りそうな声で言った。
「これで良かったんだよな?」
「……ええ」
それきり俺たちは何も言わなかった。
ただ、何かが吹っ切れたような感覚だけはあった。
「なぁ、夏美」
「なに?」
「週末会わないか?」
「……いいわよ」
夏美は小さく逡巡してから答えた。
さっきまで抱かれていた裕樹に対して後ろめたさはあるだろう。
だが、それでも夏美は自分の道を進むことを決めたのだと俺は思った。
「どこに行くの?」
少し迷ってから答える。
「どこでもいいさ」
俺の言葉を聞いた夏美が電話の向こうで笑った気配がした。
「じゃあ……ホテルに行きましょうよ」
夏美は冗談めかして言った。
「わかったよ」
苦笑いしながら応じるしかない。
(まったく、夏美らしい提案だ)
そう思いながらも、どこかでそれを楽しんでいる自分がいた。
「じゃあまたその時にね」
「あぁ、楽しみにしてるよ」
俺はそう言って電話を切った後でどこか複雑な気分になった。
夏美の、女の切り替えの早さってのは男とは全く違う。
(それも一つの選択なのかもな)
余韻とか引きずり方の形が違うっていうか。
それから俺は顔も知らない裕樹くんのことを想った。
(……ま、それでも良かったじゃないか。俺は君が羨ましいよ)
温くなってしまったコーヒーを一気に飲み干すと、傍らのベッドに潜り込んで眠りについた。
完
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- テーマ:18禁・官能小説
- ジャンル:アダルト
- カテゴリ:母子相姦小説 中編
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