中編「とあるおやしろ」
- 2023/01/05
- 00:26
という訳で2023年の二つ目。
作成は昨年夏で純粋な母子相姦モノではないので躊躇してましたが、出します。
大きく分ければ義母モノというのですかね。
少し説明します。
実母子、義母子とありますが、これは特殊なパターンですね。
舞台「身毒丸」という物語がありまして、母親を亡くした身毒丸という少年とその父親が暮らしてました。父は「家」というものには父がいて母がいて子がいる、という前提のもとに「買ってきた母」撫子を家に入れるものの身毒丸は馴染めず、紆余曲折を経て家庭は崩壊していく……しかし崩壊した最後の最後に身毒丸と撫子は親子として男女として結ばれるという物語です。
実か義か、というのは母子相姦にとって重要な問題だと思うのですが、血の繋がりもさることながら親子を親子たらしめているのはなにか?ということもずっと疑問でした。
「ある日父親が突然連れてきた見知らぬ女性」を母と呼ぶことが難しいというのは想像がつくと思うのですが、逆に何だか「母親を想起させる人」というのもありますよね。
そういう話をやってみたかったんです。
後、また別の話ですがこの二人を主人公に別の事件(もちろん母子に関わること)に向かわせる、みたいなのも考えてるんです。若干オカルト寄りの親子探偵モノ、みたいな。
まあ、それはそれとして、とりあえず宜しければどうぞ。
幽霊でも出てきそうな夜の境内。
その暗闇のなかに、小さな影が立っていることに気がついた。
目を凝らしてよく見ると、人間ではない――ぼうっと光るような輪郭は子供の背丈くらいを象る。
白い着流しのような着物の子供がこちらを見つめている。
年齢は十歳くらいだろうか? 長めの黒髪はおかっぱ頭に切りそろえられている。
まるで能面のような無表情だが、つぶらな瞳で意外に愛らしい顔立ちをしていた。
子供はじっと私を見据えたまま、ゆっくりと近づいてくる。
こんな真夜中に、しかも一人でいるとは……私は恐る恐る声を掛けた。
「……君の名前は?」
すると子供は無言のまま私を見上げた。
表情一つ変えず、口も開かない。
「お母さんかお父さんは近くにいないのか?」
しかし、私の問いには何の反応も示さない。
耳が聞こえないのか、言葉が通じないのだろうか。
困り果てて頬を掻くと、子供のほうから唐突に声をかけてきた。
「……帰った方がいいよ」
鈴が鳴るような可愛らしい声だった。
しかしその口調や表情に変化はなく、感情を読み取ることはできない。
少年は抑揚のない声で続ける。
「もう暗いから」
そう言い残し、踵を返すと闇の中へ歩き去っていく。
(……大丈夫だよ)
私は独り言ちるように少年の背後めがけて念波を放った。
それは生者であれば何も気づかないはずだ。
よっぽど勘の良い者でも仮に気づいたとしてもせいぜい気配がする程度であろう。
「っ……」
しかし、少年ははっとしたように立ち止まり振り返った。
驚いたように目を丸くした子供を眺めながら私は笑みを浮かべた
「やっぱり」
少年は生者ではなく、いわゆる霊と呼ばれる存在だったのだ。
おそらくこの神社に住み着いているのだろう。
だからどこからともなく境内に現れることができたわけだ。
それにしても―――
「幽霊っていうより、座敷童子って感じかな」
私は呟いた。
さっきまでの無表情が嘘のように消え、少年は戸惑っているだった。
「……貴女は、どうするつもりなんですか?」
消え入りそうなか細い声。
私は安心させるよう微笑んで言った。
「君の話を聞きたいんだ。いいかな?」
彼は少し考える素振りを見せると、こくりと小さくうなずいた。
「……わかりました」
それからぽつりと続けた。
近くの石段に腰掛けると、それに合わせて彼も隣に座る。
幼い外見とは裏腹にその動作は落ち着いていて洗練されている。
恐らく幾年もこの場にいるため自然と身についたのだろう。
(地縛霊というよりは……人身御供によるものかもな)
彼の境遇を想像しながらそんなことを考えていた時、いくつか質問が浮かんできた。
「君はいつからこの神社に居るんだい?」
私の質問に対し、彼はしばらく黙っていたがやがて重い口を開いた。
「分かりません。僕は神様になるために捧げられたんです」
(神様ねぇ……)
そう思ったものの口には出さずに続きを促した。
「それで?」
「……分かりません。気づいたらここにいました」
また沈黙してしまった。
「他に覚えている事は?神様にされた理由や、君の名前とか家族とか」
続けて問いかけるも首を横に振るばかりで要領を得なかった。
結局分かったことはこの場所から離れられないということだけだった。
(人柱の風習があったということは少なくとも数百年以上前ってところかな……)
ただそれでも彼は少し話しただけで少し落ち着いたようで、特に何かを求めることはなかった。
人智を越えた大いなるものへの捧げものとして人間を贄とする。
その贄が人柱だ。
この地方でも遠い昔にそういう風習があった、というのは聞いたことがある。
しかしそれは比較的記録の残っている近代以前のものだ。
少年がそれに選ばれたらしいのは分かったが、いつ、何のためかは不明なままだ。
目の前の小さな少年の霊に尋ねても分からない。
こうして話す分には大人しそうではあるけれど、あまり刺激しない方が良いだろう。
もっとも本人にもあまりあれこれ説明せずに人柱にされた可能性も高いが。
そう考えた私は改めて何から聞くべきか?
もう一度少年の顔を見やる。
やはりその表情に変化はない。
しかしよく見ると僅かに目元が緩んでいるようにも見える。
私の視線に気付いたのか、少年はその口角をさらに上げた。
(感情があるのか?会話による思考も出来ているようだ。なら地縛霊とは少し違うか?)
私はつられて微笑むと、再び話しかけた。
「人と話すのは久しぶりかい?」
「えぇ……かなり久しぶりです。特に大人では……」
かなり、とはどれくらいかは分からない。
ただ明確に感情があるようだ。
あるように見えるだけかもしれないけれど。
少年は静かに語り始めた。
「ここはずっと僕の家だった社です。僕は神として奉られたのです」
まるで自分のことじゃないことを話すように淡々と言葉を紡ぐ。
私は何も言わずにただ聞いていた。
(作り話って感じじゃない。おそらく周りの大人たちがそう吹き込んでいたのを真に受けているのかも)
少年の話は続く。
「僕はずっと一人でここにいました。僕が見える人はほとんど居ませんでした。たまに僕が見えるような反応を見せる子供もいましたが……その内に大きくなると見えなくなるようでした。寂しかったですけど、平気でした」
そこまで言うと少年はどこか諦めを感じさせる乾いた笑みを浮かべる。
そして私の目をじっと見つめて続けた。
「だけど今夜、あなたが現れた。僕が見える人は本当にすごく久しぶりでした……まして話せる人なんて。もうずいぶんと誰もここに来なくなっていましたから」
少年はそこで一旦区切ると私に手を伸ばしてきた。
その手に触れようとするがひんやりとした感触だけですり抜けてしまう。
やはり直接触れることはできないらしい。
「昔、ここで行方不明者が何人か出たらしいね」
私の言葉に少年は大きく目を見開くと、そのまま俯いた。
そして押し殺したような声で囁く。
「どうしてそのことを?」
「調べたんだ。地元の村史には大正から昭和の初めくらいの頃に何度かあったと。犯人なんて分からなかったようだけれどね」
「…………」
黙ったままの彼を見て私は肩をすくめると、話題を変えた。
「それにしても随分長い間ひとりぼっちだったみたいだね」
少年は何も答えない。
しかしその無言こそが肯定だった。
「君は君をこんな目に遭わせた連中が憎いのかい」
「……」
少年は再び黙り込んだがしばらくしてゆっくりと顔を上げて首を振った。
「分かりません」
「いや、責めているんじゃないんだ。行方不明になった子供たちはみんな無事に見つかったからね。君が帰してくれたんだろ?」
少年の表情が僅かに歪む。
図星だったらしい。
「話しかけても気づいてくれないから、つい呼び込んでしまったのかい?」
私はなるべく優しい声色でそう尋ねると少年がコクリとうなずく。
錯覚かもしれないが、その瞳は潤んで見えた。
「この村はね、間もなく廃村になるんだ」
私はそう切り出した。
「えっ」
驚いたように少年は声を上げた。
「じゃあ、僕はどうなるんですか?」
「ダムという大きな建造物が出来て、神社ごと水底に沈む」
短く答える。
「あぁ……そんな」
私の説明を聞いた少年の表情が凍る。
「……それは本当ですか」
信じられないというように少年は尋ねた。
「ああ、嘘なんかついてもしょうがないからね」
「……」
しばらく呆然と俯いていたが、突然私の方に向いてその裾の辺りにしがみつくような格好になった。
泣いているようだ。
「済まないね、村のためせっかく神様になってもらったのに」
私が慰めるように彼の頭に手を撫でたが、しゃくりあげながら言った。
「そんな……僕は何のために…………」
そう言いながら自身の袖で涙と鼻水を拭っている。
(こんな幼い神様なんているんだ)
私は苦笑しながら言った。
「大丈夫だよ。神様は他に移る事も出来るから。知ってたかい?」
「えっ」
少年は驚いたように顔を上げこちらを見た。
その目からは先ほどまでの悲しみの色は消えていた。
「本当ですか?」
私は微笑むと少年の手を取った。
実際に握る事は出来なかったけれど、その小さな手に掌を重ねたまま私は言った。
「さっきは怖かっただろ?お詫びに君をちゃんと寂しくないところに移してあげるよ」
少年の頬は少し赤みを取り戻し、口元には笑みすら浮かんでいた。
「はい」
その口調にも喜びの色が含まれていた。
(この子はきっと人柱のために作られた。生前は一度も人に愛された実感なんてなかったのだろう)
私はそう思い、胸の奥がちくりと痛むのを感じた。
(なら、この子のささやかなお願いくらい叶えてあげたいな)
「君はどこに行きたい?」
私は優しく尋ねた。
少年は少し考えてから答えた。
「どこでも良いんですか?」
「ああ、構わない」
そう言うと少年は少し考え込む仕草を見せると、意を決したように口を開いた。
「それじゃ……その……もし良ければ」
遠慮がちな彼が小声で何かを言いかけたその時、遠くから人の気配を感じ振り返った。
(まさか……村の者か!?)
まずいと思った私は少年に念波を送る。
(逃げないと)
「……」
一瞬不思議そうな顔をしたものの、すぐに頷いて立ち上がると私の身体に重なるように近づいてきた。
すると境内に響く虫の音が遠ざかり、目の前がふわっと霞がかかったように見えなくなる。
次の瞬間、私たちの姿は神社の境内から掻き消えていた。
気がつくとそこはどこかの山中にある小さな社だった。
さっきの神社の分社だろうか。
空には満月が昇っていて、周囲には霧が立ち込めている。
辺りを見回してみたが、人の気配はない。
隣を見るといつの間にかさっきの少年がいた。
安堵し微笑むと、少年の方へと向き直る。
「……なるほど、こうやって子供たちをどこかに連れて行ったんだね。ここはどこだい?」
「同じ山ですよ。ほら、それが分社なので」
少年神は咄嗟の事でも、意図的に転移出来るらしい。
(正真正銘の神隠しか。なかなか希少な体験が出来たものだ)
内心ほくそ笑みつつ私は言った。
「まぁいい、取り敢えずさっきのところに戻ろうか」
「……でも、あの社もこの分社ももう沈んでしまう……」
そう言うと彼は今にも泣き出しそうに顔を歪ませて俯いている。
「……まだ間に合うよ。あのお社の御神体を持ち出すんだ」
彼を安心させるように、ぽんと軽く叩いた。
「……本当に?」
少年が不安げに呟く。
「もちろん。どこでも私が連れて行くよ」
そう言うと少年は嬉しげに目を輝かせた。
思っていたよりもずっと晴れやかで幼い笑みに思わずドキリとしながらも私は言った。
「そうと決まったら急ごう。誰かに見られると厄介だしね」
「はい!」
元気よくうなずいた彼の手を取り、私はその場を後にした。
(そういえば神隠しをされてからこの子に触れるようになったな)
そんな事にふと気づいた。
この世のものではない者と交わり過ぎると元に戻れなくなる、という。
「よもつへぐい」。
黄泉の国の物を食うともう現世には戻れなくなるというものだ。
もっとも自分から好きで霊に話しかけているのだから、今さら向こう側に行きかけているくらい気にするような事もないだろう。
このまま帰れなくたって悲しむ遺族もいないのだ。
翌朝、村はちょっとした騒ぎとなったはずだ。
神社の本堂が開錠され、祀られていた御神体が境内から忽然と姿を消していたのだから。
境内の本堂の扉には古い南京錠がかかっていたが、少年が手をかざすだけで開けてしまった。
神様というのも存外当たっているんだと驚く。
しかし村の者がどんなにご神体を探しても何も見つかることはないだろう。
少年神の御神体の鏡は私の手元にこうしてある。
「ふぅ……これで一件落着かな」
助手席に腰かけている少年神の頭を撫でながら、私は大きく伸びをした。
そして少年を見つめると、その目をじっと見つめて問いかける。
少年もまた私の目を真っ直ぐに見つめ返していた。
その目はまるで何かを訴えかけているかのように澄んでいて、見惚れてしまいそうになる。
「……本当に私についてくるつもりかい」
「はい」
「どこか景色の良いところに移った方が良いんじゃないかい?」
「……でもそれではまた寂しいですから……」
「……けれど私はいい年した女だ。いずれ寿命が来て死んでしまう」
少年は小さく首を振る。
「それならその時は一緒に参りましょう。今の貴女なら多分連れて行けると思います」
「連れていく……まさか高天原に?私なんかが?」
そう尋ねれば少年は迷いのない眼差しで力強くうなずく。
私は思わず噴き出すと声を上げて笑ってしまった。
そんな風に笑うのは一体何年ぶりだろうか?笑いすぎて涙まで出てきた。
(間もなく廃村になる怪しげな神社を調べていたら、呪われてうっかり神様になってしまうのか)
ひとしきり笑って、ようやく落ち着くと私は言った。
「そうだね、それも悪くないかもしれない」
少年はその言葉を聞くととても満足そうに微笑む。
つられて微笑むと私は車を発進させた。
「あの」
ハンドルを握る私の袖を引っ張ると、隣の席の少年は話しかけてきた。
「なんだい?」
視線だけをそちらに向けると、その目にじっと見つめられる。
そしてその口が開いた。
「ありがとうございます」
そう囁く少年の声はとても優しかった。
「どうしたんだい?いきなり」
突然の言葉に戸惑いながら尋ねると、少年は恥ずかしそうに言った。
「ずっとひとりぼっちで誰も僕のことが見えなくて、話しかけてくれる人もいなかったので」
俯く少年の瞳には微かに涙が滲んでいる。
「これからは私が母と思えば良いからな」
私の返答を聞いて少年はぱっと顔を上げると頬を赤く染めながら、小さな手を精一杯伸ばして私の指を握った。
少年の手から伝わる温もりに心地良さを覚えながら、そんな事を思った。
(本当に神様だったんだな。とんでもないモノに手を出してしまったことになるけれど)
「まぁ、いいか」
「えっ?」
少年はきょとんとした表情でこちらを見る。
「なんでもない。こっちの話だよ」
私は微笑むと、そのままアクセルを踏み込んだ。
―――その瞬間、開け始めた眩しい朝日に包まれた。
「んっ」
瞼を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは見知った自分のアパートの天井。
寝起きのせいか頭がうまく働かない。
(あれ、ここってどこだっけ?)
ぼうっと考え込んでいると、すぐ傍から声が聞こえた。
「おはようございます、お母さん」
声の方に目を向けると、そこには白い着流し姿の少年が立っている。
少年の髪は肩にかかる程度に伸ばされていて、その姿はまさに私と初めて会った時と同じもの。
(ああ、夢じゃなかったんだ)
少年は私に微笑みかけると手を伸ばしてくる。
私はその手に導かれるまま身を起こした。
その動きで掛けられていた布団が捲れ、私は何も身につけていない自分の身体を見下ろす。
そして目の前にいる少年神の姿を再び確認する。
慌てて布団を被ると、声を上げた。
「な、なんで私だけ服を着てないんだ!?」
「え、だって昨日親子の契りで乾杯だって言って自分で何杯も……」
少年は不思議そうに言ったので必死に記憶を探る。
確かにそんな事も言ったような気がする。
「いや、でも親子といってもおかしいんじゃ……」
そう言いかけてからハッと気づく。
(ああ、もしかすると……)
少年神は自分の胸に手を当てると、照れたように俯く。
(神話では親子とは夫婦でもある)
「そういう事?」
私は少年神に問い掛けた。
少年は顔を赤らめたまま黙っている。
「……」
沈黙は肯定。
私は苦笑すると少年の頭を撫でてやる。
(たしか日本神話に似たような話もあった……誰だったかな)
恥ずかし気な少年神をまじまじと眺めてみる、
自分で蒔いた種だから仕方ないとため息をつくと、覚悟を決めて告げた。
「まぁ、神様と家族になるならそういう事もあるかもしれないね」
少年神はパッと顔を輝かせると嬉しそうに抱きついてくる。
その様子を見ていると何だか幸せな気分になってきて、「もういいや」と思えた。
(八百万の神様はそんな細かい事は気になさらないだろう)
私はそんな事を考えながら少年神の身体をそっと抱擁すると、存外力強く抱き締め返される。
少し驚いていると、耳元で少年の声が小さく響いた。
「ずっと、寂しかったんです」
少年は感極まったように、か細い声でそう言った。
その背中に回された手に力がこめられ、抱きしめる腕に一層の力が入る。
この子は今まで誰にも愛される事なく、空っぽな「神様」としてあそこに居たんだろう。
私は少年神の髪を撫でながら、優しく言った。
「そうかい。それはよかった」
しばらくそうしていると、少年神が少しだけ身を離して私の目をじっと見つめてくる。
私はふと思い出したことを尋ねた。
「ところで名前は?何か思い出した?」
「名前……は……」
その質問に少年は少しの間考え込む。
「……やっぱりわかりません」
(人柱だから、決めなかったのかもしれないな)
そう考えた瞬間、残酷さに震えたけれど気づかないふりをして、明るく言う。
「わかった……じゃあ名前を考えようか」
一瞬驚いたような顔をした少年は嬉しそうな顔をしてうなずいた。
(とはいえどうしたものか……)
そう考えているとふとある単語が思い浮かぶ。
(うん、神様だからいいかもしれない)
「よし決めた」
私がそう言うと少年は興味津々といった表情で私の言葉を待っている。
その様子に思わず微笑むと私はその言葉を口に出した。
「君の名前は……ツクヨミ……月読命だ」
「……ツクヨミ」
少年は噛みしめるようにその名前を何度か繰り返す。そして、嬉しそうに私の顔を見上げた。
「気に入りました!」
少年は私にそう伝えると満面の笑顔を見せる。
神話の月読命は月の神だというのに、笑顔は太陽のように眩しく輝いていた。
その笑顔を見ていると私も心が温かくなって、ついツクヨミの頭をもう一度撫でる。
気持ちよさそうに目を細めると、少年神は甘えるように呟いた。
「ずっと一緒ですからね、お母さん!」
やけに嬉しそうだ。
もしかしたらツクヨミは「お母さん」という言葉を初めて口にしたのかもしれない。
彼の母親は息子を人柱にすることについてどう思っていたのだろう。
あまりにも昔過ぎて実際の所はもう分からないけれど、せめて申し訳ない気持ちはあったと思いたい。
それにしても「ずっと一緒」という言葉がすっと出てくるあたりに幼い印象を受ける。
「はいはい、ずっと一緒だからね」
私の返事を聞いて、無邪気に喜ぶその様子がとても微笑ましい。
そんな他愛もないやりとりをしていると、私はふと思った。
(もしかしたらこれは一番新しく書き加えられた神話になるのだろうか?)
そう思うと、なんだか可笑しくて仕方ない。
隣でどうしたの?と首を傾げるツクヨミを見つめながら、私は微笑む。
「いやいや何でもないよ」
私はツクヨミを抱き寄せると、その頬を両手で挟んでこちらに向かせる。
その澄んだ黒い瞳が私の目と合わさった。その目に自分が映っていることに安堵する。
そのままゆっくりと息子であり夫でもある少年神に口づけをした。
完
あとがきらしきもの
(「AIのべりすと」くんが突如作成を促してきたので、特に読む必要のない裏設定や使わなかった設定もここに記します)
・ツクヨミは男の娘にしようかと思ったけれど男の子。幼くして人柱にされ、やや中途半端な神に。ごく稀にしか人からは見えない。
・本編の世界観のモデルはゲーム「零」シリーズ。霊を撮影して退治するアクションアドベンチャー。
・「私」の正体は女民俗学者、フリーライター。廃墟マニアでオカルトマニア。霊感がある。人さらいの噂のある廃社に訪ねてきたのも趣味と実益を兼ねて。永遠の妙齢(解釈は任せる)。アカマツリというPNを使用している。オカルト系ルポの著作も複数あるが、世間からはトンデモ系ライターと思われている。SNSがたまに炎上する。
・ツクヨミは江戸時代の人柱。孤児か村から選ばれたのかは不明。近代の言葉使いが出来るのは社の訪問者から学んでいた。本名は不明。
・ツクヨミのモデルはゲーム「俺の屍を越えてゆけ」のキツト(朱点童子)。見た目のイメージは禿(カムロ)と死人(白い着流し)の合成。
・当初の設定ではツクヨミは村の子供たちを殺してきた悪霊、「私」はそれをお祓いに来た霊媒師、話の流れでツクヨミの境遇に同情したために生存する村人全員の命と引き換えに親子の契りを結ぶ退廃的な関係にしようかと思ったけれど止めた。
・お話全体のイメージは高橋留美子の漫画「人魚」シリーズ。
・ツクヨミは月読命(古事記より)よりイメージを借りた。日本神話でのイザナギの子。天照大神の弟神で、須佐之男命の兄神。月の神格とも。イザナギイザナミの子である説と鏡から生まれた説も。いずれにしてもオカルト好きな「私」が両性的な少年神のイメージから勝手に命名した。
・題名を平仮名にしたのは五七五の響きのイメージ。
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作成は昨年夏で純粋な母子相姦モノではないので躊躇してましたが、出します。
大きく分ければ義母モノというのですかね。
少し説明します。
実母子、義母子とありますが、これは特殊なパターンですね。
舞台「身毒丸」という物語がありまして、母親を亡くした身毒丸という少年とその父親が暮らしてました。父は「家」というものには父がいて母がいて子がいる、という前提のもとに「買ってきた母」撫子を家に入れるものの身毒丸は馴染めず、紆余曲折を経て家庭は崩壊していく……しかし崩壊した最後の最後に身毒丸と撫子は親子として男女として結ばれるという物語です。
実か義か、というのは母子相姦にとって重要な問題だと思うのですが、血の繋がりもさることながら親子を親子たらしめているのはなにか?ということもずっと疑問でした。
「ある日父親が突然連れてきた見知らぬ女性」を母と呼ぶことが難しいというのは想像がつくと思うのですが、逆に何だか「母親を想起させる人」というのもありますよね。
そういう話をやってみたかったんです。
後、また別の話ですがこの二人を主人公に別の事件(もちろん母子に関わること)に向かわせる、みたいなのも考えてるんです。若干オカルト寄りの親子探偵モノ、みたいな。
まあ、それはそれとして、とりあえず宜しければどうぞ。
幽霊でも出てきそうな夜の境内。
その暗闇のなかに、小さな影が立っていることに気がついた。
目を凝らしてよく見ると、人間ではない――ぼうっと光るような輪郭は子供の背丈くらいを象る。
白い着流しのような着物の子供がこちらを見つめている。
年齢は十歳くらいだろうか? 長めの黒髪はおかっぱ頭に切りそろえられている。
まるで能面のような無表情だが、つぶらな瞳で意外に愛らしい顔立ちをしていた。
子供はじっと私を見据えたまま、ゆっくりと近づいてくる。
こんな真夜中に、しかも一人でいるとは……私は恐る恐る声を掛けた。
「……君の名前は?」
すると子供は無言のまま私を見上げた。
表情一つ変えず、口も開かない。
「お母さんかお父さんは近くにいないのか?」
しかし、私の問いには何の反応も示さない。
耳が聞こえないのか、言葉が通じないのだろうか。
困り果てて頬を掻くと、子供のほうから唐突に声をかけてきた。
「……帰った方がいいよ」
鈴が鳴るような可愛らしい声だった。
しかしその口調や表情に変化はなく、感情を読み取ることはできない。
少年は抑揚のない声で続ける。
「もう暗いから」
そう言い残し、踵を返すと闇の中へ歩き去っていく。
(……大丈夫だよ)
私は独り言ちるように少年の背後めがけて念波を放った。
それは生者であれば何も気づかないはずだ。
よっぽど勘の良い者でも仮に気づいたとしてもせいぜい気配がする程度であろう。
「っ……」
しかし、少年ははっとしたように立ち止まり振り返った。
驚いたように目を丸くした子供を眺めながら私は笑みを浮かべた
「やっぱり」
少年は生者ではなく、いわゆる霊と呼ばれる存在だったのだ。
おそらくこの神社に住み着いているのだろう。
だからどこからともなく境内に現れることができたわけだ。
それにしても―――
「幽霊っていうより、座敷童子って感じかな」
私は呟いた。
さっきまでの無表情が嘘のように消え、少年は戸惑っているだった。
「……貴女は、どうするつもりなんですか?」
消え入りそうなか細い声。
私は安心させるよう微笑んで言った。
「君の話を聞きたいんだ。いいかな?」
彼は少し考える素振りを見せると、こくりと小さくうなずいた。
「……わかりました」
それからぽつりと続けた。
近くの石段に腰掛けると、それに合わせて彼も隣に座る。
幼い外見とは裏腹にその動作は落ち着いていて洗練されている。
恐らく幾年もこの場にいるため自然と身についたのだろう。
(地縛霊というよりは……人身御供によるものかもな)
彼の境遇を想像しながらそんなことを考えていた時、いくつか質問が浮かんできた。
「君はいつからこの神社に居るんだい?」
私の質問に対し、彼はしばらく黙っていたがやがて重い口を開いた。
「分かりません。僕は神様になるために捧げられたんです」
(神様ねぇ……)
そう思ったものの口には出さずに続きを促した。
「それで?」
「……分かりません。気づいたらここにいました」
また沈黙してしまった。
「他に覚えている事は?神様にされた理由や、君の名前とか家族とか」
続けて問いかけるも首を横に振るばかりで要領を得なかった。
結局分かったことはこの場所から離れられないということだけだった。
(人柱の風習があったということは少なくとも数百年以上前ってところかな……)
ただそれでも彼は少し話しただけで少し落ち着いたようで、特に何かを求めることはなかった。
人智を越えた大いなるものへの捧げものとして人間を贄とする。
その贄が人柱だ。
この地方でも遠い昔にそういう風習があった、というのは聞いたことがある。
しかしそれは比較的記録の残っている近代以前のものだ。
少年がそれに選ばれたらしいのは分かったが、いつ、何のためかは不明なままだ。
目の前の小さな少年の霊に尋ねても分からない。
こうして話す分には大人しそうではあるけれど、あまり刺激しない方が良いだろう。
もっとも本人にもあまりあれこれ説明せずに人柱にされた可能性も高いが。
そう考えた私は改めて何から聞くべきか?
もう一度少年の顔を見やる。
やはりその表情に変化はない。
しかしよく見ると僅かに目元が緩んでいるようにも見える。
私の視線に気付いたのか、少年はその口角をさらに上げた。
(感情があるのか?会話による思考も出来ているようだ。なら地縛霊とは少し違うか?)
私はつられて微笑むと、再び話しかけた。
「人と話すのは久しぶりかい?」
「えぇ……かなり久しぶりです。特に大人では……」
かなり、とはどれくらいかは分からない。
ただ明確に感情があるようだ。
あるように見えるだけかもしれないけれど。
少年は静かに語り始めた。
「ここはずっと僕の家だった社です。僕は神として奉られたのです」
まるで自分のことじゃないことを話すように淡々と言葉を紡ぐ。
私は何も言わずにただ聞いていた。
(作り話って感じじゃない。おそらく周りの大人たちがそう吹き込んでいたのを真に受けているのかも)
少年の話は続く。
「僕はずっと一人でここにいました。僕が見える人はほとんど居ませんでした。たまに僕が見えるような反応を見せる子供もいましたが……その内に大きくなると見えなくなるようでした。寂しかったですけど、平気でした」
そこまで言うと少年はどこか諦めを感じさせる乾いた笑みを浮かべる。
そして私の目をじっと見つめて続けた。
「だけど今夜、あなたが現れた。僕が見える人は本当にすごく久しぶりでした……まして話せる人なんて。もうずいぶんと誰もここに来なくなっていましたから」
少年はそこで一旦区切ると私に手を伸ばしてきた。
その手に触れようとするがひんやりとした感触だけですり抜けてしまう。
やはり直接触れることはできないらしい。
「昔、ここで行方不明者が何人か出たらしいね」
私の言葉に少年は大きく目を見開くと、そのまま俯いた。
そして押し殺したような声で囁く。
「どうしてそのことを?」
「調べたんだ。地元の村史には大正から昭和の初めくらいの頃に何度かあったと。犯人なんて分からなかったようだけれどね」
「…………」
黙ったままの彼を見て私は肩をすくめると、話題を変えた。
「それにしても随分長い間ひとりぼっちだったみたいだね」
少年は何も答えない。
しかしその無言こそが肯定だった。
「君は君をこんな目に遭わせた連中が憎いのかい」
「……」
少年は再び黙り込んだがしばらくしてゆっくりと顔を上げて首を振った。
「分かりません」
「いや、責めているんじゃないんだ。行方不明になった子供たちはみんな無事に見つかったからね。君が帰してくれたんだろ?」
少年の表情が僅かに歪む。
図星だったらしい。
「話しかけても気づいてくれないから、つい呼び込んでしまったのかい?」
私はなるべく優しい声色でそう尋ねると少年がコクリとうなずく。
錯覚かもしれないが、その瞳は潤んで見えた。
「この村はね、間もなく廃村になるんだ」
私はそう切り出した。
「えっ」
驚いたように少年は声を上げた。
「じゃあ、僕はどうなるんですか?」
「ダムという大きな建造物が出来て、神社ごと水底に沈む」
短く答える。
「あぁ……そんな」
私の説明を聞いた少年の表情が凍る。
「……それは本当ですか」
信じられないというように少年は尋ねた。
「ああ、嘘なんかついてもしょうがないからね」
「……」
しばらく呆然と俯いていたが、突然私の方に向いてその裾の辺りにしがみつくような格好になった。
泣いているようだ。
「済まないね、村のためせっかく神様になってもらったのに」
私が慰めるように彼の頭に手を撫でたが、しゃくりあげながら言った。
「そんな……僕は何のために…………」
そう言いながら自身の袖で涙と鼻水を拭っている。
(こんな幼い神様なんているんだ)
私は苦笑しながら言った。
「大丈夫だよ。神様は他に移る事も出来るから。知ってたかい?」
「えっ」
少年は驚いたように顔を上げこちらを見た。
その目からは先ほどまでの悲しみの色は消えていた。
「本当ですか?」
私は微笑むと少年の手を取った。
実際に握る事は出来なかったけれど、その小さな手に掌を重ねたまま私は言った。
「さっきは怖かっただろ?お詫びに君をちゃんと寂しくないところに移してあげるよ」
少年の頬は少し赤みを取り戻し、口元には笑みすら浮かんでいた。
「はい」
その口調にも喜びの色が含まれていた。
(この子はきっと人柱のために作られた。生前は一度も人に愛された実感なんてなかったのだろう)
私はそう思い、胸の奥がちくりと痛むのを感じた。
(なら、この子のささやかなお願いくらい叶えてあげたいな)
「君はどこに行きたい?」
私は優しく尋ねた。
少年は少し考えてから答えた。
「どこでも良いんですか?」
「ああ、構わない」
そう言うと少年は少し考え込む仕草を見せると、意を決したように口を開いた。
「それじゃ……その……もし良ければ」
遠慮がちな彼が小声で何かを言いかけたその時、遠くから人の気配を感じ振り返った。
(まさか……村の者か!?)
まずいと思った私は少年に念波を送る。
(逃げないと)
「……」
一瞬不思議そうな顔をしたものの、すぐに頷いて立ち上がると私の身体に重なるように近づいてきた。
すると境内に響く虫の音が遠ざかり、目の前がふわっと霞がかかったように見えなくなる。
次の瞬間、私たちの姿は神社の境内から掻き消えていた。
気がつくとそこはどこかの山中にある小さな社だった。
さっきの神社の分社だろうか。
空には満月が昇っていて、周囲には霧が立ち込めている。
辺りを見回してみたが、人の気配はない。
隣を見るといつの間にかさっきの少年がいた。
安堵し微笑むと、少年の方へと向き直る。
「……なるほど、こうやって子供たちをどこかに連れて行ったんだね。ここはどこだい?」
「同じ山ですよ。ほら、それが分社なので」
少年神は咄嗟の事でも、意図的に転移出来るらしい。
(正真正銘の神隠しか。なかなか希少な体験が出来たものだ)
内心ほくそ笑みつつ私は言った。
「まぁいい、取り敢えずさっきのところに戻ろうか」
「……でも、あの社もこの分社ももう沈んでしまう……」
そう言うと彼は今にも泣き出しそうに顔を歪ませて俯いている。
「……まだ間に合うよ。あのお社の御神体を持ち出すんだ」
彼を安心させるように、ぽんと軽く叩いた。
「……本当に?」
少年が不安げに呟く。
「もちろん。どこでも私が連れて行くよ」
そう言うと少年は嬉しげに目を輝かせた。
思っていたよりもずっと晴れやかで幼い笑みに思わずドキリとしながらも私は言った。
「そうと決まったら急ごう。誰かに見られると厄介だしね」
「はい!」
元気よくうなずいた彼の手を取り、私はその場を後にした。
(そういえば神隠しをされてからこの子に触れるようになったな)
そんな事にふと気づいた。
この世のものではない者と交わり過ぎると元に戻れなくなる、という。
「よもつへぐい」。
黄泉の国の物を食うともう現世には戻れなくなるというものだ。
もっとも自分から好きで霊に話しかけているのだから、今さら向こう側に行きかけているくらい気にするような事もないだろう。
このまま帰れなくたって悲しむ遺族もいないのだ。
翌朝、村はちょっとした騒ぎとなったはずだ。
神社の本堂が開錠され、祀られていた御神体が境内から忽然と姿を消していたのだから。
境内の本堂の扉には古い南京錠がかかっていたが、少年が手をかざすだけで開けてしまった。
神様というのも存外当たっているんだと驚く。
しかし村の者がどんなにご神体を探しても何も見つかることはないだろう。
少年神の御神体の鏡は私の手元にこうしてある。
「ふぅ……これで一件落着かな」
助手席に腰かけている少年神の頭を撫でながら、私は大きく伸びをした。
そして少年を見つめると、その目をじっと見つめて問いかける。
少年もまた私の目を真っ直ぐに見つめ返していた。
その目はまるで何かを訴えかけているかのように澄んでいて、見惚れてしまいそうになる。
「……本当に私についてくるつもりかい」
「はい」
「どこか景色の良いところに移った方が良いんじゃないかい?」
「……でもそれではまた寂しいですから……」
「……けれど私はいい年した女だ。いずれ寿命が来て死んでしまう」
少年は小さく首を振る。
「それならその時は一緒に参りましょう。今の貴女なら多分連れて行けると思います」
「連れていく……まさか高天原に?私なんかが?」
そう尋ねれば少年は迷いのない眼差しで力強くうなずく。
私は思わず噴き出すと声を上げて笑ってしまった。
そんな風に笑うのは一体何年ぶりだろうか?笑いすぎて涙まで出てきた。
(間もなく廃村になる怪しげな神社を調べていたら、呪われてうっかり神様になってしまうのか)
ひとしきり笑って、ようやく落ち着くと私は言った。
「そうだね、それも悪くないかもしれない」
少年はその言葉を聞くととても満足そうに微笑む。
つられて微笑むと私は車を発進させた。
「あの」
ハンドルを握る私の袖を引っ張ると、隣の席の少年は話しかけてきた。
「なんだい?」
視線だけをそちらに向けると、その目にじっと見つめられる。
そしてその口が開いた。
「ありがとうございます」
そう囁く少年の声はとても優しかった。
「どうしたんだい?いきなり」
突然の言葉に戸惑いながら尋ねると、少年は恥ずかしそうに言った。
「ずっとひとりぼっちで誰も僕のことが見えなくて、話しかけてくれる人もいなかったので」
俯く少年の瞳には微かに涙が滲んでいる。
「これからは私が母と思えば良いからな」
私の返答を聞いて少年はぱっと顔を上げると頬を赤く染めながら、小さな手を精一杯伸ばして私の指を握った。
少年の手から伝わる温もりに心地良さを覚えながら、そんな事を思った。
(本当に神様だったんだな。とんでもないモノに手を出してしまったことになるけれど)
「まぁ、いいか」
「えっ?」
少年はきょとんとした表情でこちらを見る。
「なんでもない。こっちの話だよ」
私は微笑むと、そのままアクセルを踏み込んだ。
―――その瞬間、開け始めた眩しい朝日に包まれた。
「んっ」
瞼を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは見知った自分のアパートの天井。
寝起きのせいか頭がうまく働かない。
(あれ、ここってどこだっけ?)
ぼうっと考え込んでいると、すぐ傍から声が聞こえた。
「おはようございます、お母さん」
声の方に目を向けると、そこには白い着流し姿の少年が立っている。
少年の髪は肩にかかる程度に伸ばされていて、その姿はまさに私と初めて会った時と同じもの。
(ああ、夢じゃなかったんだ)
少年は私に微笑みかけると手を伸ばしてくる。
私はその手に導かれるまま身を起こした。
その動きで掛けられていた布団が捲れ、私は何も身につけていない自分の身体を見下ろす。
そして目の前にいる少年神の姿を再び確認する。
慌てて布団を被ると、声を上げた。
「な、なんで私だけ服を着てないんだ!?」
「え、だって昨日親子の契りで乾杯だって言って自分で何杯も……」
少年は不思議そうに言ったので必死に記憶を探る。
確かにそんな事も言ったような気がする。
「いや、でも親子といってもおかしいんじゃ……」
そう言いかけてからハッと気づく。
(ああ、もしかすると……)
少年神は自分の胸に手を当てると、照れたように俯く。
(神話では親子とは夫婦でもある)
「そういう事?」
私は少年神に問い掛けた。
少年は顔を赤らめたまま黙っている。
「……」
沈黙は肯定。
私は苦笑すると少年の頭を撫でてやる。
(たしか日本神話に似たような話もあった……誰だったかな)
恥ずかし気な少年神をまじまじと眺めてみる、
自分で蒔いた種だから仕方ないとため息をつくと、覚悟を決めて告げた。
「まぁ、神様と家族になるならそういう事もあるかもしれないね」
少年神はパッと顔を輝かせると嬉しそうに抱きついてくる。
その様子を見ていると何だか幸せな気分になってきて、「もういいや」と思えた。
(八百万の神様はそんな細かい事は気になさらないだろう)
私はそんな事を考えながら少年神の身体をそっと抱擁すると、存外力強く抱き締め返される。
少し驚いていると、耳元で少年の声が小さく響いた。
「ずっと、寂しかったんです」
少年は感極まったように、か細い声でそう言った。
その背中に回された手に力がこめられ、抱きしめる腕に一層の力が入る。
この子は今まで誰にも愛される事なく、空っぽな「神様」としてあそこに居たんだろう。
私は少年神の髪を撫でながら、優しく言った。
「そうかい。それはよかった」
しばらくそうしていると、少年神が少しだけ身を離して私の目をじっと見つめてくる。
私はふと思い出したことを尋ねた。
「ところで名前は?何か思い出した?」
「名前……は……」
その質問に少年は少しの間考え込む。
「……やっぱりわかりません」
(人柱だから、決めなかったのかもしれないな)
そう考えた瞬間、残酷さに震えたけれど気づかないふりをして、明るく言う。
「わかった……じゃあ名前を考えようか」
一瞬驚いたような顔をした少年は嬉しそうな顔をしてうなずいた。
(とはいえどうしたものか……)
そう考えているとふとある単語が思い浮かぶ。
(うん、神様だからいいかもしれない)
「よし決めた」
私がそう言うと少年は興味津々といった表情で私の言葉を待っている。
その様子に思わず微笑むと私はその言葉を口に出した。
「君の名前は……ツクヨミ……月読命だ」
「……ツクヨミ」
少年は噛みしめるようにその名前を何度か繰り返す。そして、嬉しそうに私の顔を見上げた。
「気に入りました!」
少年は私にそう伝えると満面の笑顔を見せる。
神話の月読命は月の神だというのに、笑顔は太陽のように眩しく輝いていた。
その笑顔を見ていると私も心が温かくなって、ついツクヨミの頭をもう一度撫でる。
気持ちよさそうに目を細めると、少年神は甘えるように呟いた。
「ずっと一緒ですからね、お母さん!」
やけに嬉しそうだ。
もしかしたらツクヨミは「お母さん」という言葉を初めて口にしたのかもしれない。
彼の母親は息子を人柱にすることについてどう思っていたのだろう。
あまりにも昔過ぎて実際の所はもう分からないけれど、せめて申し訳ない気持ちはあったと思いたい。
それにしても「ずっと一緒」という言葉がすっと出てくるあたりに幼い印象を受ける。
「はいはい、ずっと一緒だからね」
私の返事を聞いて、無邪気に喜ぶその様子がとても微笑ましい。
そんな他愛もないやりとりをしていると、私はふと思った。
(もしかしたらこれは一番新しく書き加えられた神話になるのだろうか?)
そう思うと、なんだか可笑しくて仕方ない。
隣でどうしたの?と首を傾げるツクヨミを見つめながら、私は微笑む。
「いやいや何でもないよ」
私はツクヨミを抱き寄せると、その頬を両手で挟んでこちらに向かせる。
その澄んだ黒い瞳が私の目と合わさった。その目に自分が映っていることに安堵する。
そのままゆっくりと息子であり夫でもある少年神に口づけをした。
完
あとがきらしきもの
(「AIのべりすと」くんが突如作成を促してきたので、特に読む必要のない裏設定や使わなかった設定もここに記します)
・ツクヨミは男の娘にしようかと思ったけれど男の子。幼くして人柱にされ、やや中途半端な神に。ごく稀にしか人からは見えない。
・本編の世界観のモデルはゲーム「零」シリーズ。霊を撮影して退治するアクションアドベンチャー。
・「私」の正体は女民俗学者、フリーライター。廃墟マニアでオカルトマニア。霊感がある。人さらいの噂のある廃社に訪ねてきたのも趣味と実益を兼ねて。永遠の妙齢(解釈は任せる)。アカマツリというPNを使用している。オカルト系ルポの著作も複数あるが、世間からはトンデモ系ライターと思われている。SNSがたまに炎上する。
・ツクヨミは江戸時代の人柱。孤児か村から選ばれたのかは不明。近代の言葉使いが出来るのは社の訪問者から学んでいた。本名は不明。
・ツクヨミのモデルはゲーム「俺の屍を越えてゆけ」のキツト(朱点童子)。見た目のイメージは禿(カムロ)と死人(白い着流し)の合成。
・当初の設定ではツクヨミは村の子供たちを殺してきた悪霊、「私」はそれをお祓いに来た霊媒師、話の流れでツクヨミの境遇に同情したために生存する村人全員の命と引き換えに親子の契りを結ぶ退廃的な関係にしようかと思ったけれど止めた。
・お話全体のイメージは高橋留美子の漫画「人魚」シリーズ。
・ツクヨミは月読命(古事記より)よりイメージを借りた。日本神話でのイザナギの子。天照大神の弟神で、須佐之男命の兄神。月の神格とも。イザナギイザナミの子である説と鏡から生まれた説も。いずれにしてもオカルト好きな「私」が両性的な少年神のイメージから勝手に命名した。
・題名を平仮名にしたのは五七五の響きのイメージ。

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