短編「サブマリン」
- 2023/05/07
- 20:04
2023年の連休新作4本目。
壊れたPCからサルベージして推敲したものです。
題名は山際淳司の小説「イエローサブマリン」のオマージュ。
(内容的には全く関係ない)
今はほとんどいないけど、アンダースローのピッチャーの異名ですね。
……全然関係ないけど、「イエローサブマリン」はもう絶版で電子書籍化もしてないようですね。アンダースローの日本人ピッチャーが日本のプロを経由せずメジャーデビューする小説です。
野球小説としてはいまいちでしたが、青春小説としては面白かったので、機会があれば読んでみてください。
それでは宜しければどうぞ。
PS
今日中にもう一本新作を掲載します。
そちらもよろしくお願いします。
壊れたPCからサルベージして推敲したものです。
題名は山際淳司の小説「イエローサブマリン」のオマージュ。
(内容的には全く関係ない)
今はほとんどいないけど、アンダースローのピッチャーの異名ですね。
……全然関係ないけど、「イエローサブマリン」はもう絶版で電子書籍化もしてないようですね。アンダースローの日本人ピッチャーが日本のプロを経由せずメジャーデビューする小説です。
野球小説としてはいまいちでしたが、青春小説としては面白かったので、機会があれば読んでみてください。
それでは宜しければどうぞ。
PS
今日中にもう一本新作を掲載します。
そちらもよろしくお願いします。
隣町との境にはそれなりの幅の川が流れている。
電車の鉄橋と道路の橋が並んでいて、そこ眺める夕日が俺の原体験だった。
もっとも汚いドブ川だからよっぽどの物好きがたまに橋から釣竿を垂らしているくらいだけど。
その河川敷には小さめの野球のグラウンドがある。
バックネットと両軍のベンチ位しかなく、付近には自販機もないからほとんど人気が無い。
犬の散歩させてる人がたまり見かけるくらいのそういう野球場だった。
その分競争率が低いのか、学校の校庭が借りられない時なんかはよくそこが利用されていた。
俺達も小学生の時はしょっちゅうそこで練習や試合をしていた。
もっとも野球をやってたといっても、プロを目指す気のある奴なんて一人もいない。
遊びの延長上の少年野球チームでしかなく、それ以前に軟式だった。
当時はそんなゆるくやってる少年野球チームが地域にはいくつも点在してた。
監督も近所の経験者の子供好きがやっているような状態だったから、フライが上がってもアウトにできる確率は半々、ゲッツーなんてまず取れない、ピッチャーはしばしばストライクが入らなくなる。
送球のコントロールが安定してるとかゴロを体で止められるとか、それくらいで「上手い」と言われるくらいだ。
体がデカいとか足が速いとか肩が強いとか野球センスが良いなんて奴は硬式にいってしまうから、個人レベルでも並の選手ばかり。
大人になった今思い出しても少年野球の底辺だったんじゃないかと思う。
そんな中で一人だけ周りから抜けたレベルだったと記憶に残っている奴がいる。
練習試合でしばしば対戦した隣町の野球チーム「フェニックス」にいたピッチャーだった。
彼はそんなに背は高くないが、すらっとした細身でマウンドに立っていても何となく雰囲気がある。
彼はプロでも珍しいアンダースローだったこととその球速が平均的なレベルよりはずっと速かったからだ。
沈み込むような低い体勢から長い腕を振ると、伸びた指先からピュン!と球が放たれるイメージ。
近隣のチームはたいていのピッチャーが山なりの投球だったのに対し、彼の球道だけが一筋の矢のように見えた。
そんな速球が膝元の高さにビシビシと来られるとどうしようもない。
「プロみたいな球だ」なんて仲間たちと言い合っていたのを覚えている。
彼のいた「フェニックス」のメンバーはほとんどが隣町の小学校だったから全く話すこともなく、詳しい情報も分からない。
監督からの又聞きで唯一知ったのはその子は最近やってきた転校生だという事だった。
不思議なもので周りの平均からかけ離れたレベルの選手の出現に何となく浮足立ったものだ。
まるで野球漫画で主人公と宿命のライバルが出会ったみたいで、「どうやったらあの低い速球を打てるんだろう」なんて考えるようになった。
ゴルフみたいにすくいあげるアッパースイングをしないと、とてもまともに打てそうにない。
その後、地元の他のチームと話す時もフェニックスのアンダースロー投手の話題が出るようになった。
アンダースローから繰り出される速球は一度対戦すると相当印象に残るらしく、「あれは打てないよ」なんて言ってた。
ただコントロールが乱れだすとまったくストライクが入らなくなるようで、たまに四球を連発して何点も押し出しになったりしたらしい。
(あんなに綺麗なフォームなのにそんなこともあるんだな)と不思議に思った。
実際にある試合ではストライクが入らなくなって2,3点と押し出しで入るのを直接見たけれど、高め低めがぐちゃぐちゃになってどうしようもなさそうだった。
子供心に彼には「才能の違い」ってものを初めて思い知らされた気がしたが、それはそれで仕方がないと諦めもついた。
まぐれでも打てそうにないあんな低い球は打ち方も思いつかないからだ。
しかし、長打力なんてものも皆無の自分たちは普段から上から叩きつけるような打撃ばかりしてきてる。
膝元に決まる低めの球に上から叩きつけるスイングなんて、それこそ当たるわけないだろう。
そんな感じだから彼が投げた球がまともに弾き返されるのを見た事がない。
結局転校生という以外彼の事はほとんど何も知らなかった。
今思えば話しかけて見ても良かったのかもしれないけれど。
彼は自分のチームメイトとも距離があるようだった。
ある試合でストライクが入らなくなって四球を出してる時も仲間から声を掛けられることもなく、キャッチャーすらもマウンドに行かなかった。
(なんで誰も話しかけないんだ?)
あまり見た事のない不思議な光景で、一人マウンドで打者に向かい合う姿は何だか可哀想にも思えた。
一つだけ気付いた事があった。
フェニックスと試合する時には相手方の保護者席にかなりの美人が来ているんだ。
誰かの母親としてはかなり若くて、なんか派手でよく目立つ。
柄物の服とかケバいメイクとか、それに金髪だったし、何ていうか田舎町の河川敷にいるようなタイプにはとても見えなかった。
(いったいあの女の人は誰なんだろう?)
そう思っていた。
誰かフェニックスの選手の家族だろうけど、下手すると20代くらいに見えるから若すぎる気もする。
少年野球の保護者なんてほとんどが3,40代で50代もたまにいるくらいだったから。
それに見た目もほとんどが太ったオバサンというのが相場だったから、美人自体が希少なんだ。
だから余計に「若くて美人のお母さんがいるなー」と思ってはいた。
何となくずっと気になったんだけど、彼女がアンダースローの投手の母親だと知ったのは後になってからの事だ。
「え?お前、アイツのこと知らなかったの?」
隣町の塾に通っている友達にはそう驚かれた。
けど、そんな事を言われる理由さえ当時はわからなかった。
彼女とその息子は実は隣町では少し有名な存在だったらしい。
彼ら親子は二人暮らしの母子家庭だってこと。
母親が夏でも柄物の派手な長袖シャツを着てるのは刺青が透けて見えないようにしてること(一回首元から覗いてるのを見た奴がいるらしい)。
派手目の格好なのは隣町の駅近くのスナックに勤めているからだってこと。
そして、そのスナックの裏手にあった雑居ビルは曰くつきで、上にヤクザの事務所やその関係の建設会社が入っている事で有名だった。
事情が分かっている地元の人間はまず近寄りもしない。
おそらくスナックのホステスである彼女もヤクザと密接の関係があるだろう、と言われてた。
それでようやく彼が他のチームメイトと全く話をしなかった理由が分かった気がした。
多分子供たちの親が「彼ら親子には絶対近寄らないように」言い含めていたんだろう。
あの頃の田舎町ではヤクザはとても恐れられていたから。
ヤクザは映画みたいな任侠集団ではなく、絶対に逆らえない暴君のような存在。
それが田舎ヤクザだ。
(てことはいつかアイツもヤクザになるのかな?)
そうだとしたらあの野球の才能を考えたらもったいないと思った。
プロみたいな球を投げることが出来るんだから、野球の才能を追求した方がいいんじゃないかって。
そんな田舎町でちょっとした事件が起きた。
違法賭博で何人も逮捕者が出たんだ。
スナックの上が賭場になっていたらしく、元締めはその組だった。
暴対法の対象になるような大層な組織じゃなかったけれど、締め付けは年々苦しくなっていたんだろう。
地元警察は一気に叩く機会を待っていたのかもしれない。
間もなくあの雑居ビルからは事務所だけじゃなく、関連の建設会社も出ていってしまった。
スナックが入ってたとこは取り壊されて駐車場になってるし、雑居ビル自体は今でも取り壊されることもなく何十年経っても閉鎖されたまんまだ。
その事件があってからフェニックスのアンダースローは母親と間もなく町から姿を消したらしい。
しかも何の連絡も挨拶もなく、ある日突然学校に来なくなったらしい。
仕方なく担任が居住していた部屋を訪ねたが、既にもぬけの殻だったようだ。
なので同級生たちはヤクザに連れてかれたとも夜逃げしたとも工事現場に埋められたとも言っていたが、真相は遂に誰にも分からなかった。
その一連の顛末は中学校に上がってから親しくなった隣町のヤツから聞くことになる。
彼の名前もその時に初めて知った。
それっきり彼も彼の母親が噂に上がることも無くなった。
(野球を続けていたらいつかどこかのグラウンドで彼とまた会うかもしれないな)
そう思ったけれど、俺は中学校では野球を選ばなかった。
いや、あの頃のチームメイトで中学に進んで野球を続けるような奴は一人か二人しかいなかった。
元々遊び感覚でやっていた自分らが今さら先輩に奴隷のように殴られながら体育会系の部活をやるような根性もない。
それでもいつかどこかで名前を見かけるかもしれないと思ってたが、遂に彼の名前を目にすることは無かった。
そんなこんなで月日は流れていった。
俺は結局野球をやっていたのは少年野球の頃だけで、それ以降は全くやらなかった。
元々別にプロに憧れてたとか目指してた訳じゃない。
野球に打ち込んでおけば良かったかなと思うこともあるが、かといってやりなおしたいとは思った事も無い。
自分の才能や素質はよく分かってたからだ。
そして今に至る。
古い記憶を辿り終えた時、既に辺りは薄暗くなってきた。
雨の日だったから河川敷のグラウンドは暗くていつにもまして人気がない。
普段から人の出入りが無い場所だから、まるで心霊スポットのようにも見える。
いつまでもここでボーっと浸っていても仕方ない。
何となく足早に歩き出すとポツンと頬に水滴を感じた。
傘もささずに土手の上に向かって歩いていくうちに雨は本降りになった。
雨はどんどん強くなり、やがて土砂降りになっていくので走り出した。
バシャバシャと水溜まりが音を立てさせながら駐車場の車にまで戻っていった。
運転席で一息つくと、気づけば頭の中はいつか見た彼の投げたボールを打つイメージを思い浮かべていた。
アンダースローからあの低く鋭いストレートを。
(ま、今さらもいいとこだけどな)
苦笑しつつエンジンをかけてエアコンのスイッチを入れる。
フロントガラスに溜まった雫がワイパーに掻き回され、次第に視界はクリアになっていった。
そういえば彼と母親はその後どうしたんだろう。
ハンドルを握りながらふと思い出してみる。
親子はこの町を出て行って以来消息は不明のままだ。
あんな若くて美人の母親がいて、しかも親子二人暮らしって。
息子が思春期になって何か間違いでも起きたんじゃないかなんて、げすに勘ぐってしまう。
そういえばあの親子、なんかやけに距離が近かったんだよな。
もしかしたら息子の方は母親に悶々とし始めて……なんて。
「……バカか」
そんなことを考えてる自分を笑ってやった。
窓を開けて湿った空気を車内に呼び込むと夏の夜の風が流れ込んできた。
この季節、夜になっても気温はあまり下がることがない。
しかし湿度だけは確実に上がっていき、ねっとりした濡れた冷気を感じることがある。
フロントウィンドウを流れる雨水の向こう、ぼんやりと街灯に照らされた道を走るのは俺の車だけだった。
明日あたり少しドライブでもしてみようか。
久々に野球を見に行ってみてもいい。
もしかしたらいつかのアンダースローみたいな才能がいるかも。
そう思うと自然とアクセルを踏み込んでいった。
完
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電車の鉄橋と道路の橋が並んでいて、そこ眺める夕日が俺の原体験だった。
もっとも汚いドブ川だからよっぽどの物好きがたまに橋から釣竿を垂らしているくらいだけど。
その河川敷には小さめの野球のグラウンドがある。
バックネットと両軍のベンチ位しかなく、付近には自販機もないからほとんど人気が無い。
犬の散歩させてる人がたまり見かけるくらいのそういう野球場だった。
その分競争率が低いのか、学校の校庭が借りられない時なんかはよくそこが利用されていた。
俺達も小学生の時はしょっちゅうそこで練習や試合をしていた。
もっとも野球をやってたといっても、プロを目指す気のある奴なんて一人もいない。
遊びの延長上の少年野球チームでしかなく、それ以前に軟式だった。
当時はそんなゆるくやってる少年野球チームが地域にはいくつも点在してた。
監督も近所の経験者の子供好きがやっているような状態だったから、フライが上がってもアウトにできる確率は半々、ゲッツーなんてまず取れない、ピッチャーはしばしばストライクが入らなくなる。
送球のコントロールが安定してるとかゴロを体で止められるとか、それくらいで「上手い」と言われるくらいだ。
体がデカいとか足が速いとか肩が強いとか野球センスが良いなんて奴は硬式にいってしまうから、個人レベルでも並の選手ばかり。
大人になった今思い出しても少年野球の底辺だったんじゃないかと思う。
そんな中で一人だけ周りから抜けたレベルだったと記憶に残っている奴がいる。
練習試合でしばしば対戦した隣町の野球チーム「フェニックス」にいたピッチャーだった。
彼はそんなに背は高くないが、すらっとした細身でマウンドに立っていても何となく雰囲気がある。
彼はプロでも珍しいアンダースローだったこととその球速が平均的なレベルよりはずっと速かったからだ。
沈み込むような低い体勢から長い腕を振ると、伸びた指先からピュン!と球が放たれるイメージ。
近隣のチームはたいていのピッチャーが山なりの投球だったのに対し、彼の球道だけが一筋の矢のように見えた。
そんな速球が膝元の高さにビシビシと来られるとどうしようもない。
「プロみたいな球だ」なんて仲間たちと言い合っていたのを覚えている。
彼のいた「フェニックス」のメンバーはほとんどが隣町の小学校だったから全く話すこともなく、詳しい情報も分からない。
監督からの又聞きで唯一知ったのはその子は最近やってきた転校生だという事だった。
不思議なもので周りの平均からかけ離れたレベルの選手の出現に何となく浮足立ったものだ。
まるで野球漫画で主人公と宿命のライバルが出会ったみたいで、「どうやったらあの低い速球を打てるんだろう」なんて考えるようになった。
ゴルフみたいにすくいあげるアッパースイングをしないと、とてもまともに打てそうにない。
その後、地元の他のチームと話す時もフェニックスのアンダースロー投手の話題が出るようになった。
アンダースローから繰り出される速球は一度対戦すると相当印象に残るらしく、「あれは打てないよ」なんて言ってた。
ただコントロールが乱れだすとまったくストライクが入らなくなるようで、たまに四球を連発して何点も押し出しになったりしたらしい。
(あんなに綺麗なフォームなのにそんなこともあるんだな)と不思議に思った。
実際にある試合ではストライクが入らなくなって2,3点と押し出しで入るのを直接見たけれど、高め低めがぐちゃぐちゃになってどうしようもなさそうだった。
子供心に彼には「才能の違い」ってものを初めて思い知らされた気がしたが、それはそれで仕方がないと諦めもついた。
まぐれでも打てそうにないあんな低い球は打ち方も思いつかないからだ。
しかし、長打力なんてものも皆無の自分たちは普段から上から叩きつけるような打撃ばかりしてきてる。
膝元に決まる低めの球に上から叩きつけるスイングなんて、それこそ当たるわけないだろう。
そんな感じだから彼が投げた球がまともに弾き返されるのを見た事がない。
結局転校生という以外彼の事はほとんど何も知らなかった。
今思えば話しかけて見ても良かったのかもしれないけれど。
彼は自分のチームメイトとも距離があるようだった。
ある試合でストライクが入らなくなって四球を出してる時も仲間から声を掛けられることもなく、キャッチャーすらもマウンドに行かなかった。
(なんで誰も話しかけないんだ?)
あまり見た事のない不思議な光景で、一人マウンドで打者に向かい合う姿は何だか可哀想にも思えた。
一つだけ気付いた事があった。
フェニックスと試合する時には相手方の保護者席にかなりの美人が来ているんだ。
誰かの母親としてはかなり若くて、なんか派手でよく目立つ。
柄物の服とかケバいメイクとか、それに金髪だったし、何ていうか田舎町の河川敷にいるようなタイプにはとても見えなかった。
(いったいあの女の人は誰なんだろう?)
そう思っていた。
誰かフェニックスの選手の家族だろうけど、下手すると20代くらいに見えるから若すぎる気もする。
少年野球の保護者なんてほとんどが3,40代で50代もたまにいるくらいだったから。
それに見た目もほとんどが太ったオバサンというのが相場だったから、美人自体が希少なんだ。
だから余計に「若くて美人のお母さんがいるなー」と思ってはいた。
何となくずっと気になったんだけど、彼女がアンダースローの投手の母親だと知ったのは後になってからの事だ。
「え?お前、アイツのこと知らなかったの?」
隣町の塾に通っている友達にはそう驚かれた。
けど、そんな事を言われる理由さえ当時はわからなかった。
彼女とその息子は実は隣町では少し有名な存在だったらしい。
彼ら親子は二人暮らしの母子家庭だってこと。
母親が夏でも柄物の派手な長袖シャツを着てるのは刺青が透けて見えないようにしてること(一回首元から覗いてるのを見た奴がいるらしい)。
派手目の格好なのは隣町の駅近くのスナックに勤めているからだってこと。
そして、そのスナックの裏手にあった雑居ビルは曰くつきで、上にヤクザの事務所やその関係の建設会社が入っている事で有名だった。
事情が分かっている地元の人間はまず近寄りもしない。
おそらくスナックのホステスである彼女もヤクザと密接の関係があるだろう、と言われてた。
それでようやく彼が他のチームメイトと全く話をしなかった理由が分かった気がした。
多分子供たちの親が「彼ら親子には絶対近寄らないように」言い含めていたんだろう。
あの頃の田舎町ではヤクザはとても恐れられていたから。
ヤクザは映画みたいな任侠集団ではなく、絶対に逆らえない暴君のような存在。
それが田舎ヤクザだ。
(てことはいつかアイツもヤクザになるのかな?)
そうだとしたらあの野球の才能を考えたらもったいないと思った。
プロみたいな球を投げることが出来るんだから、野球の才能を追求した方がいいんじゃないかって。
そんな田舎町でちょっとした事件が起きた。
違法賭博で何人も逮捕者が出たんだ。
スナックの上が賭場になっていたらしく、元締めはその組だった。
暴対法の対象になるような大層な組織じゃなかったけれど、締め付けは年々苦しくなっていたんだろう。
地元警察は一気に叩く機会を待っていたのかもしれない。
間もなくあの雑居ビルからは事務所だけじゃなく、関連の建設会社も出ていってしまった。
スナックが入ってたとこは取り壊されて駐車場になってるし、雑居ビル自体は今でも取り壊されることもなく何十年経っても閉鎖されたまんまだ。
その事件があってからフェニックスのアンダースローは母親と間もなく町から姿を消したらしい。
しかも何の連絡も挨拶もなく、ある日突然学校に来なくなったらしい。
仕方なく担任が居住していた部屋を訪ねたが、既にもぬけの殻だったようだ。
なので同級生たちはヤクザに連れてかれたとも夜逃げしたとも工事現場に埋められたとも言っていたが、真相は遂に誰にも分からなかった。
その一連の顛末は中学校に上がってから親しくなった隣町のヤツから聞くことになる。
彼の名前もその時に初めて知った。
それっきり彼も彼の母親が噂に上がることも無くなった。
(野球を続けていたらいつかどこかのグラウンドで彼とまた会うかもしれないな)
そう思ったけれど、俺は中学校では野球を選ばなかった。
いや、あの頃のチームメイトで中学に進んで野球を続けるような奴は一人か二人しかいなかった。
元々遊び感覚でやっていた自分らが今さら先輩に奴隷のように殴られながら体育会系の部活をやるような根性もない。
それでもいつかどこかで名前を見かけるかもしれないと思ってたが、遂に彼の名前を目にすることは無かった。
そんなこんなで月日は流れていった。
俺は結局野球をやっていたのは少年野球の頃だけで、それ以降は全くやらなかった。
元々別にプロに憧れてたとか目指してた訳じゃない。
野球に打ち込んでおけば良かったかなと思うこともあるが、かといってやりなおしたいとは思った事も無い。
自分の才能や素質はよく分かってたからだ。
そして今に至る。
古い記憶を辿り終えた時、既に辺りは薄暗くなってきた。
雨の日だったから河川敷のグラウンドは暗くていつにもまして人気がない。
普段から人の出入りが無い場所だから、まるで心霊スポットのようにも見える。
いつまでもここでボーっと浸っていても仕方ない。
何となく足早に歩き出すとポツンと頬に水滴を感じた。
傘もささずに土手の上に向かって歩いていくうちに雨は本降りになった。
雨はどんどん強くなり、やがて土砂降りになっていくので走り出した。
バシャバシャと水溜まりが音を立てさせながら駐車場の車にまで戻っていった。
運転席で一息つくと、気づけば頭の中はいつか見た彼の投げたボールを打つイメージを思い浮かべていた。
アンダースローからあの低く鋭いストレートを。
(ま、今さらもいいとこだけどな)
苦笑しつつエンジンをかけてエアコンのスイッチを入れる。
フロントガラスに溜まった雫がワイパーに掻き回され、次第に視界はクリアになっていった。
そういえば彼と母親はその後どうしたんだろう。
ハンドルを握りながらふと思い出してみる。
親子はこの町を出て行って以来消息は不明のままだ。
あんな若くて美人の母親がいて、しかも親子二人暮らしって。
息子が思春期になって何か間違いでも起きたんじゃないかなんて、げすに勘ぐってしまう。
そういえばあの親子、なんかやけに距離が近かったんだよな。
もしかしたら息子の方は母親に悶々とし始めて……なんて。
「……バカか」
そんなことを考えてる自分を笑ってやった。
窓を開けて湿った空気を車内に呼び込むと夏の夜の風が流れ込んできた。
この季節、夜になっても気温はあまり下がることがない。
しかし湿度だけは確実に上がっていき、ねっとりした濡れた冷気を感じることがある。
フロントウィンドウを流れる雨水の向こう、ぼんやりと街灯に照らされた道を走るのは俺の車だけだった。
明日あたり少しドライブでもしてみようか。
久々に野球を見に行ってみてもいい。
もしかしたらいつかのアンダースローみたいな才能がいるかも。
そう思うと自然とアクセルを踏み込んでいった。
完

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- テーマ:18禁・官能小説
- ジャンル:アダルト
- カテゴリ:母子相姦小説 短編
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